見出し画像

[36] 夏を這う蜘蛛

ほそい脚が
ゆっくりと這っている
半分以上めくられた カレンダーの紙上を
整列した数字たちにこめられている
切ない感情の
生臭いにおいも嗅げないくせに
ほそい脚をふるわせながら
這っている

どこに行くのだ おまえ

瞳はおそろしいほどの期待とともに
前進する蜘蛛の
尻を追う
裏切り
横切り
平然と通りすぎてしまう
ためらう素振りも見せない
知らぬふりをしているようにも見えない

がっかりだよ
咳ばらい ひとつ
開き直ったように罵る
奇妙なんだ
体と脚の比率が不恰好で
とてつもなく奇妙だ
自覚はあるのか
そのフォルムを愛でる者もいるだろうが
苦手だな
押しつぶしたい この衝動を
ちっとも身の危険と感じていない
まぬけ
そうか痛くも痒くもないか
こんなあほう丸出しの悪態は
おまえが感覚の優れたやつなら
小首をかしげ
しばし思案することもできたであろう
おまえのせいだ
あの苦しみは
おまえのせいだ

なんだ おまえ
理解できたのか 怒ったのか?

くるり
蜘蛛は振りかえり
その日をめがけ 逆もどる
紙上の八月
底深くまで沈んだ
まるで記念日のような 数字のうえで
おまえはとまる
ぴたりととまる

ああ そうか
回収しに来てくれたのか
ねばっこく
ひっついたままだった
糸の残骸を


※逃亡銀河の鼠たち
(探りあてた光にすがる 後編)

お読みいただきありがとうございました。なにか感じていただければ幸いです。