「悪は存在しない」というゲームについて:映画『悪は存在しない』
行方不明になった少女を探して森の中をさまよっていた巧と高橋が月明かりに照らされた野原に出たとき、そのゲームは唐突にはじまる。
ゆるやかな起伏の向こうに、こちらに背を向けた少女と鹿が向かい合わせに立っているのがみえる。鹿は手負いでない限り絶対に人を襲わない。そう巧は断言していたが、少女の目の前にいるのはまさに手負いの鹿である。
少女は被っていた帽子をとって無防備な長い髪を露わにし、一歩前に出る。それを制止しようとして、高橋も思わず一歩前に出る。だが、鬼がこちらを見ているあいだ、プレイヤーは決して動いてはならないのがこのゲームのルールではなかったか。
そのルールは、我々が森と共存していくためのルールである。人間は多かれ少なかれ、自然から掠奪することによって生きている。それが過度でなければ、森は目をつぶってくれる。重要なのはバランスだ。バランスが崩れると、人間と森とはたちまち敵対してしまうのだ。
あ・く・は・そ・ん・ざ・い・し・な・い
鬼が10数えるあいだだけ、我々は動くことを許されている。