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書評「プロの野球監督とは」『甲子園優勝監督の失敗学』大利実著、KADOKAWA、2024年

本書の目玉は、昨夏の甲子園野球決勝を戦った仙台育英高校の須江航監督、慶應義塾高校の森林貴彦監督のインタビューであろう。

改めて、「プロの監督」とは何かを考えさせられる内容となっている。私は、高校野球の監督がプロであることに反対する気持ちは全くない。

むしろ、できれば多くの監督がプロであろうがなかろうが、専従の監督であったら、いいなと思う。この本を読んでいると、ますますその気持ちが強くなった。

両監督の選手への向き合い方は、プロの監督でなければ全くできないほどの仕事量だ。

現在の高校野球の部員総数が何人であるかは正確には分からないが、80人ぐらいとする。プロ野球の1球団当たりの選手数は50人ぐらいであろうか。

プロ野球なら、選手のモチベーションを保つのは簡単であろう。端的に「お金」であろう。モチベーションを保てない選手は、解雇されるだけで、それで終わりである。

しかし、高校野球では、それで終わりにすることができなくなっているのでは、と本書を読んで感じた。つまり、辞めたければ辞めればいい、というかつてあった風土は通用せず、そのような監督は、高校野球では成功しなくなっているのではないか。

これは、各選手にあったメニューやトレーニングを作りだせる知識を持った、監督が増えてきたことに由来するのではないだろうか。社会学で言えば、「知識社会化」が進んだと言える。

もし、監督がこのようなアプローチを取るのなら、最良の教育であろう。高校で古文や漢文を習っているよりかは、自分に向き合い、「失敗」から学び、課題を見つけ、実行するという「人生」で最も大事なことを実践で学べているのだから、うらやましい限りだ。

そして、このことを80人もいる部員に教育できている監督たちには、頭が下がる思いである。

本書は、「失敗」を主に取り上げているが、反対の「成功」とは何なんだろうか、甲子園で優勝することなのか。試合に勝つことなのか。本書には、エリート監督しか出てこないから、分からない。

逆に、これほど「知識社会化」が進めば、専従の監督を置かない高校との差がどんどん広がってしまうだろう。近年になって、元プロ野球選手もアマチュア野球をコーチングできるようになったのは、この点では歓迎すべきことである。

どんどん、知識を持ったプロ監督が高校野球界に入ることを私は望んでいる。







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