見出し画像

書評『ミケル・アルテタ アーセナルの革新と挑戦』、チャールズ・ワッツ著、結城康平、山中琢磨訳、2024年、平凡社 後編2

前回、ヨーロッパのサッカー・クラブにおける「マネージャー」と「ヘッドコーチ」の違いについて、簡単に紹介させていただいた。
もう一度確認すると、「ヘッドコーチ」とは、主に戦術等ピッチ上の事象について責任を持つ仕事である。それに対して、「マネージャー」とはピッチ上の事象はもちろんピッチ外の人事、予算管理まで責任を持つ仕事である。

例えば、有名な話ではサー・アレックス・ファーガソンは、そのキャリア中・後期においては、練習には週1度しか顔を出さなかったという。その代わりに、副官に試合戦術等は任せていた。有名な例をあげると、後にレアル・マドリードに引き抜かれたカルロス・ケイロスがいる。

さて、「ヘッドコーチ」と「マネージャー」の話に戻るが、2019年末ミケル・アルテタは、ウナイ・エメリの後任として、アーセナルの「ヘッド・コーチ」として職を得ている。
その当時の(今も)ではあるが、チームの「ヘッドコーチ」を解任するサイクルが速くなりすぎたため、ヨーロッパのクラブでは「マネージャー」型のヘッドコーチを置くことができなくなった。チームに継続性、安定性をもたらすためには、「マネージャー」がやっていたことをやる「委員会」が設けられるようになった(本書、144頁。)

しかし、アルテタが権力を欲したかどうか別として、就任時にやったことは通常の「ヘッドコーチ」の職責を超えたものであった。それは、「マネージャー」の仕事に近いことである。

それでは、「マネージャー」の最も大事な仕事は何だろうか。私が愛聴(ポッドキャスト)、愛読する元NFL・GMマイケル・ロンバルディ氏によると、それは「Culture」をチームにインプットすることだという。

アルテタは、就任会見でこう語っている。

『「まず、互いをもっと尊重しなければならない。責任を持つ選手が欲しい。責任逃れは論外だ。・・・これに賛同しない、または否定的影響を与える人物を、アーセナルは求めていない。私たちはチームを支え合う文化を築かなければならない。確固たる文化がないと、困難な時期にチームが揺さぶられてしまう。私の仕事はこれを皆に納得させることである。この組織の一員であるつもりなら、これらに従う必要がある」』(本書、58頁)

この「Culture」に合わなかった選手は、容赦無く放出されている。例えば、エジル、オバメヤンが挙げられるだろう。それに対して、責任感のある選手には、アルテタは惜しみない賞賛を与えている。例えば、日本人なら冨安に対する賞賛を読んだことがあるのではないだろうか(”I love him"とまで言っている。)

さて、ここで一つの問題が生じる。一般的に「コーチ」が特定の選手を愛しすぎると、様々な問題が起きる。特に、問題となるのがその選手よりいい選手が見つかったときに、選手を交換できるかという問題である。

ここで、重要になるのが「GM」という存在である。もちろん、「コーチ」と「GM」が良好な関係を築くのが、一番であるが、「GM」は「コーチ」の一歩先を行って、チームを編成しなければならない。また、「GM」は選手を「資産」と見て、移籍市場に参加しなければならない、「GM」は選手を愛してはならないのである。

そこで、アーセナルはエドゥをGMに雇い。エドゥの下、アーセナルの選手編成の改革が行われていく。エドゥの方針の一端が窺えるのは、以下の発言である。

『「26歳以上で高額な給料を貰っていて、パフォーマンスが低い選手はチームにとって害になる。・・・他の選手の妨げとなっている選手はお金を払ってでも放出しなければならない」』

このようにして、アーセナルは、ヨーロッパで主流の「委員会」を置く、チーム編成から、旧来の「マネージャー」型に戻した。そして、そのバランスを取るために、GMを置いた。
これは、私には、アメリカのスポーツフランチャイズ型チーム編成にうり二つのように思える。

アーセナルのオーナー・スタン・クロエンケは、アメリカのスポーツ・ビジネスマンである。アメリカの4大スポーツのうち、3つのリーグのチームオーナーである。
そのうちの一つが、NFLのロサンゼルス・ラムズである。
ロサンゼルス・ラムズは、アルテタが監督に就任する前、2017年にNFL史上最年少32歳のヘッドコーチ・ショーン・マクベイを雇い、その2年目のシーズンにスーパーボールに進出するという快挙を成し遂げている。2021年にはスーパーボウル制覇を成し遂げている。

この成功体験が、ヘッドコーチの経験のない若きアルテタを雇い。その上にあった「委員会」を排除し、オーナー・ヘッドコーチ・GMというトライアングル型のNFLモデルを導入したきっかけになったように思える。

しかし、初めにあったのは、アルテタの強い情熱、イデオロギーである。政治学では、「イデオロギーが革命を起こすのか、革命がイデオロギーを正当化するのか」という議論もあるが、本書を読む限りアルテタの強いイデオロギーが「culture」として、アーセナルに浸透し、アーセナルが強くなっていったのがわかる。

マイケル・ロンバルディ氏の本
あらゆる分野でチーム作りを考えている人には必読の本である。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?