次世代の資本主義社会では「環境と人への投資」が超重要だという話
この3連休で、めちゃくちゃ面白い本に出会いました。
京都大学の教授であり、財政学や環境経済を専門領域として教鞭をとられている諸富徹先生著の「資本主義の新しい形」という本です。
本書では「資本主義をいかにして持続可能で公正なものにするか」ということをテーマとして掲げており、これからの資本主義はどこへ向かうのか?日本企業、そして日本経済の将来はどのようになるのか?という問題提起に対して様々な角度から結論を導くための検証が行われています。
ちょっと自分の学びの整理も兼ねて、本書で書かれていることの概要と思ったことを綴ってみようかと思います。
興味を持たれた方は是非実際に本書を読んでみてください!
「資本主義の非物質主義的転回」とは?
まず本書では、資本主義の進化の本質が「非物質化」にあるということが冒頭で述べられています。
「資本主義の非物質化」とだけ言われても、小難しくてイマイチぴんとこないかもしれませんが、本書ではそれはどういう意味か分かりやすく解説されています。
かなり簡単に言うと、要するに今の時代は、「無形資産」という形のない資本に対する投資が超重要になってきているよねということです。
例えば、製造業を例にとってみると分かりやすいですが、今や世界を席巻するメーカーが投資対象として重点を置くのは、工場や設備等の物的なものではなく、「知識」であり、またそれを創出し、使いこなす人材とこれらを生かす組織と経営体制の構築となっている。
つまり、事業上の価値の源泉が、有形の「モノ」ではなく、人の持つ「知識」やそれらを生み出したり最大限活かすことのできる「組織」等、無形資産に変わってきているということです。
たしかに、言われてみればそのとおりですよね。テクノロジーが発達している現代社会では、現物の「モノ」よりも、アイデアや知識等に価値があることはなんとなくイメージが湧きます。
このようなことを本書では「資本主義の非物質主義的転回」と呼び、現代資本主義が生産と消費の両面で「物的なもの」から「非物質的なもの」へと重点を移行させること定義づけています。
日本の経済はなぜ停滞しているのか?
このように、急速に非物質化が進む資本主義社会の下においては、「無形資産」への投資が重要になってきます。
この点、アメリカでは1990年代後半にはすでに無形資産投資が有形資産投資を逆転し、両者の格差がますます拡大傾向にあることが言及されています。
では日本はどうでしょうか?
日本の無形資産に対する投資の推移を見ると、1980年以降着実に増大しており、2012年では約43兆円に達しており、「投資の非物質化」という国際的潮流の例外ではないものの、2000年代以降無形資産への投資額はほぼ横ばいとなっており、リーマンショック以降はむしろ減少傾向に転じているという特徴があります。
また、日本では、依然として無形資産に対する投資が物的投資に及ばないという特徴があります。つまり、日本には「無形資産投資の停滞」という現象が起きていそうだとのことなのです。
貯蓄性向の高まりや投資の減退により経済は停滞してしまいますが、上記のように日本において投資が伸び悩む現状を受けて諸富先生はこのように述べられています。
日本企業はなぜ、投資をしないのか。その当面の理由は、上記に挙げたとおりである。だが、本当に投資機会は喪失してしまったのだろうか。筆者の回答は「否」である。実は、新しい投資機会は生まれてきているのだが、従来型の「ものづくり」に執着する経営者には、その新たな機会が見えていないのではないか。
これまで論じてきたように、資本主義の非物質化にともなって、「投資の非物質化」が進行する。「だが日本の経営者は、「ものづくり信奉」が強すぎて、こうした資本主義の構造変化に気づくのが遅れた。「経済の非物質化」という変化の重要性を理解し、それに対応した事業構造の転換が必要だと認識しなければ、投資のあり方を変革することはできない。
こうした変化は、アメリカでは少なくとも1990年代に始まり、2000年代以降、加速化していった。経済の非物質化に対応できなかったことで、日本企業はビジネスモデルの変革に遅れ、すっかり変わってしまった競争の土俵で、次々と敗北を喫し、市場を失うことになった。
なかなか痛烈ですね。つまり、日本の経済が長期的に停滞している根本的な原因は、資本主義の構造変化に気づくのが遅れ、無形資産への新たな投資機会を見い出せていないことにあるのではないかと考えられているということです。
環境投資と経済成長は両立できる?
では、投資機会を見いだせていないとしたら何に投資をすべきか?
本書では、無形資産への投資と並んで、「脱炭素化」の投資にも大きなニーズがあるという点について触れられています。
このところ急速に地球温暖化が進んでおり、このまま温暖化が進んでいくと、世界中で起きている気象上の大きな変化のために、異常高温、熱波、豪雨、台風等による人的・物的被害が激化していく可能性が高いと言われています。
そのような中で、よりサステナブルな世界を実現するために、世界的に「脱炭素化」を目指す動きが出てきています。
しかし、日本においては、経団連をはじめとする産業界がこの「脱炭素化投資」を積極化することに反発してきたと言われています。温暖化対策の強化は、コスト上昇を通じて日本のものづくりを疎外し、その国際競争力を低下させてしまうというのが産業界の主張でした。
ここで面白いなと思ったのが、諸富先生は、そもそも環境への投資と経済の成長を二項対立的に捉えるのではなく、両者を両立するためにどのように産業構造を転換するべきかを考えることが重要だと説いているのです。
温暖化対策を行おうと思ったら、たしかに産業構造を転換させる必要はあると。しかし、そのような産業構造の見直しを通じて、「炭素集約的で低収益」な事業領域から「低炭素だが高収益」な事業領域へ転換を果たすことで、成長をすることができる可能性があると主張しているのです。
実際に統計を見ると、CO2を大量に排出する「窯業・土石製品製造業」、「鉄鋼業」、「パルプ・紙・紙加工品製造業」、「石油・石炭製品製造業」等の業種の収益率は、製造業全体よりも低くなっています。このように、CO2を排出する収益率の低い事業を、CO2を排出しない収益率の高い事業へと変えていくことで、経済全体も成長できるのではないかということですね。
ちなみに、欧州では、CO2排出量とGDPの成長が分離する「デカップリング」と呼ばれる現象が起きていることについても触れられています。
フランスとスウェーデンではデカップリングが生じていることが分かりますよね。で、このようにデカップリングを実現している国に共通しているのが、「カーボンプライシングの導入」というものです。
カーボンプライシングは、CO2の排出に対して価格づけを行う政策で、CO2の排出を禁止こそしないものの、その排出が地球環境に与える負の影響を反映した対価を排出者に負担させる仕組みのことを指します。日本にもこの仕組みを導入することで、環境投資と経済成長を両立できるのではないか、ということが言及されています。
残念ながら、格差の拡大は避けられない
資本主義の問題点は何か?と言われると「不平等と格差の拡大」ということがほぼ必ずといいほど挙げられます。
では、資本主義が非物質化していくと、この格差問題はどうなるのか?そういったことも本書では考察されています。
詳細は本書に譲るとして、結論から言うと、経済の非物質化の進展は残念ながら、不平等と格差を拡大させる方向に動きかねないと述べられています。
本書では、あらゆる職種を低技能職、中間技能職、高技能職の3つに分けた場合、高技能職だけが賃金水準が上昇し続け、低・中技能職の賃金はほとんど変わらない状況にあったという研究結果が紹介されています。
これは、過去30〜40年にわたる技術進歩で労働需要の構造が変化し、中間技能職の労働需要が大きく落ち込んだためだと言われています。つまり、雇用の減少した中間技能職の労働者が低技能職種に参入したことにより需給バランスが崩れ、賃金上昇率の低下が引き起こされたということです。
AIに台頭により、多くの仕事が代替されてしまって職を失う人が激増するということがよく取り沙汰されていますが、諸富先生は、
私たちがより強く懸念すべきなのは、総雇用の激減よりも、その影響が中・低技能職に強く現れることで、加速しかねない点ではないだろうか。
と述べられています。
そして、私たちのやるべきことは、技術進歩とそれが引き起こす産業構造転換の影響を見極め、子どもたちの新しい時代にふさわしい教育を用意するとともに、現役労働者には教育訓練の機会を提供し、彼・彼女らの適応能力を高めるよう支援することではないかとも主張されています。
目指すは、社会的投資国家
では、拡がることが避けられない格差問題に対して、私たちは具体的にどのようなことを行なっていくべきなのでしょうか?
この点について、諸富先生は、国が行うべき施策はベーシックインカムではなく、人的資本への投資を積極的に行なっていくべきだと提唱されています。
なお、ベーシックインカムは、以下の点で問題があると述べられています。
①理念や価値規範に係る問題
就労の有無、あるいは就労時間の長短とは無関係に一定の所得が保障される制度が、私たちの公平観念や正義感覚と合致するといえるのか?
②経済的インセンティブの問題
勤労への動機付けが保てない人が増えることで、離職者の増加や生産性の低下を引き起こすことにより税収が減少し、結果としてベーシックインカムの原資も縮小してしまうのでは?
③財政的持続可能性の問題
月額7〜8万円を支給するとすれば年間の支出総額は106兆〜120兆円になるが、現在の歳入総額が101兆円であることに鑑みても、典型的なベーシックインカムを実施しようとすれば、歳入総額すべてをベーシックインカムに割り当ててもまだ足りない
この人的資本への投資を国が主導して行う国家を、「社会的投資国家」と呼んでいます。
グローバル化時代の国家は、税制や財政支出による「分配国家 / 福祉国家」から、人に投資を行うことで長期的に社会の発展を促す「社会的投資国家」に転換しなければならないと述べているのです。
社会投資国家は、政府機能と財政支出規模の縮小を通じて「小さな政府」を実現することを志向するサプライサイド経済学とは少し異なり、あくまで公共目的に資する資金配分の決定権を国家が握り、市場に任せていては資金が供給されない人的資本、自然資本、そして社会関係資本の蓄積に投じることを意図しています。
つまり、国家の役割を縮小するわけではなく、グローバル化と知識経済化という21世紀に入ってより顕著になってきた経済構造の変動に適応すべく、国家の役割を再定義しようぜ!ということなのです。
本書では、社会的投資支出項目の全体像が紹介されています。
投資支出項目がいくつかにカテゴリ分けされていますが、中でも複数のカテゴリに現れている「積極的労働市場政策」が中核的な要素となるようです。すなわち、労働者に対する教育訓練投資を政府が後押しする政策が重要だということです。
諸富先生は、日本の最大の問題は、企業でも政府でも、人的資本投資があまりにも過少な点にあると述べられています。
日本の政府による積極的労働市場政策への財政支出は他国と比較してもかなり少ないうえに、企業における従業員の能力開発費もかなり低い水準にある点を指摘しており、これが人的資本投資の重要性が高まる現在の資本主義の中で競争力を失っている根本的な要因ではないかと考察されています。
具体的にどのように人的資本への投資を行なっていくべきなのかについては本書に譲るとして、本書は、新しい資本主義社会下で日本が成長を続けるためには、企業による人的資本への投資、無形資産への投資、そして、脱炭素化に向けた投資と産業構造のイノベーションに傾注していかなければならないと結論付けて締め括っています。
本書を読んだ簡単な感想
いやーうまくまとめるのは難しい、、なんだかんだで冗長になってしまったことは否めませんが、本書を読んでてすごいなと思ったのが、内容は結構堅そうで難しそうなのに、めちゃくちゃ読みやすいんです。
別に言葉がくだけているとかそういうわけではなく、論理展開がすごく自然でうまいから頭にすっと入ってくるのかもしれません。
「資本主義の非物質主義的転回」というワードが何度も出てきますが、急速に非物質化する現代社会の中で私たちが豊かな社会を築きながら経済を成長していくためには何をすべきなのか、改めて考えさせられました。
自分としては、今まで「企業の成長」と「ESG投資」を二項対立的に捉えていたことは否めなかったのですが、なぜ機関投資家がESGを重視するのかが少し見えてきた気がしたし、「ESG投資=儲からない、慈善行為」みたいに捉えられている方々に向けて本書で書かれているようなことを伝播させていくことも、少しは企業に人的投資や環境への投資を積極化させていくことに繋がるかもしれない、と思いました。
個人的にかなりオススメなので、この記事を読んで少しでも興味を持たれた方は是非ご一読ください!!
本日もお読みいただきありがとうございました!