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今までのレコーディングを振り返る vol.12 野瀬栄進 Here Now Hear 2001

今までのレコーディングを振り返る
vol.12

野瀬栄進 Here Now Hear 2001

野瀬栄進君は小樽出身でニューヨーク在住のピアニスト。毎年、日本全国をツアーして回っています。まったりとした独特のタッチと緩急の変化に富んだ個性が光るミュージシャンです。

このアルバムにはドラムに僕の当時在籍していたバンドのリーダーでもあるマット・ウィルソン、ハーモニカにスティングやマーカス・ミラーのバンドにも在籍したグレゴール・マレットという強者たちが参加しています。

野瀬くんは僕がニューヨークに住んでしばらくして出会ったピアニストで、ユニークな音楽性と北の大地が育んだおおらかな人間性に惹かれて一緒に演奏するようになりました。売れることや仕事がたくさんくるよりも自分の音楽を追求する頑固さも素敵な一面です。そういう意味ではたくましいアーティストとして自分の道を進む素養が十分にあり、ニューヨークという土地がそれを花開かせるのに合っていたと思います。

彼の満を持してのレコーディングがこのアルバムだったと勝手に思っていますが、スタジオもマット・ウィルソンの御用達のスタジオを使用。
9・11のテロの翌年、まだまだ落ち着かない中、のニューヨーク郊外まで雪の中、車で出かけたのを覚えています。

全曲オリジナルで、それぞれに個性が光る曲たちで、作曲家としての際立った面も見せてくれます。僕の演奏もニューヨークに住んでいた頃のエッセンスがたくさん詰まっていて好きな参加作の一つです。アーティスティックなのにどこか非常に人間味溢れるのも魅力の一つです。よく言われるように、人となりが音に出る、というのは本当の事だと思います。

このアルバムには当時、ニューヨークの日本語放送で朝のニュース番組にも使われていた曲「Remember to Remember」が収められています。アーティストとして譲らないところがあるのに、こうやってメディアにも使ってもらえる運を持っているのも彼の不思議な魅力といえます。いわゆる「持っている」男です。

ところで、この日本語放送、在ニューヨークの邦人の心の拠り所になっていて、朝1時間、夜は時期にもよりますが、木曜日に1時間、週末に1時間、という限られた時間の放送時間を皆さん心待ちにしていました。
確か47チャンネルという普段はスペイン語放送の局で放送されていたと思います。当時はインターネットでニュースを見られるとかドラマを見れるとかも無くて、これだけが故郷、日本を感じられる時間だったのです。
これをVHSに録画して、それをレンタルで貸し出しするという今では考えられない業者もいて、そのぐらい皆さん飢えていたのです。

僕の大河ドラマ「信長」や冬彦さんをニューヨークで見ました。何週間か、何ヶ月か遅れての放送なのでしたが、かろうじて日本の文化を知るソースだったので食い入るように見てました。

テロの前の年ぐらいから野瀬くんには、ニュージャージーのミツワという、もともとヤオハンという日本のスーパーマーケットに隣接した日本食レストラン「松島」で毎週一回演奏するという仕事をもらっていました。僕もちょうど車の免許を取得して、車を購入したばかりだったので二人でちょっとしたドライブでした。ドラマーはしばらくして小山太郎さんがニューヨークに移住してきたのでそこでトリオ「J-Yorkers」が誕生したのです。

ここのレストラン「松島」の社長、松島さんはユニークで豪快な人で、ギャラもそこそこいい値段を払ってくれ、美味しい日本食を食べさせてくれました。
そして、営業時間の終わりが近づくと、「さあ、ガーンとやってくれ!」と僕たちに頼んできます。もううるさくてご飯も食べられない、というぐらいに。そうなんです、お客さんを追い出し帰ってもらうためなんですが、僕たちもそれまではBGMのためにコソコソと演奏していたところ、急に全力で演奏できるので嬉しかったのを覚えています。

その後、野瀬くんとは日本にツアーに行ったりレコーディングをしたりと充実した時間を過ごしました。僕が日本に帰国したために共演機会は少なくなりましたが、彼が一時帰国するたびにちゃんと連絡をくれる律儀なところも素敵です。

ちなみにこのアルバムは、再販するときにジャケットを作り直したので現在はこのジャケットではないらしいです。

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井上陽介
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