非常勤講師の人材紹介を始めるのはいいけど、そもそも非常勤講師は全国に何人いるんだろう?
昨日の投稿で、有料職業紹介事業の許可を無事に得て、非常勤講師の人材紹介サービスを始めたことを書きました。ところで、日本全体で非常勤講師はどれくらいいるんでしょうか?
この問いを明らかにすることは、ビジネスにおける想定顧客層、ターゲット層の把握にあたり、サービスを提供する顧客層を定量的に分析することです。ベンチャー企業では、潜在顧客(Untapped Market)や獲得可能な最大市場規模(TAM: Total Addressable Market)のように、夢はでっかく、成長可能性を重視することもありますが、このnote記事では、現時点で非常勤講師として学校で働く先生の人数を確認したいと思います。なお、大学などの高等教育機関に勤務する非常勤講師は採用形態などが異なる別マーケットなので、今回は対象外です。
ちなみに、弊社の人材紹介事業における潜在顧客としては、今は非常勤として働いていないけれど将来非常勤というステータスで働きたいという現職教諭や教員免許を持っているけれど学校で勤務していない社会人、ほかにも、教職課程を履修している大学生を想定しています。これら潜在顧客に対する打ち手も考えているので、それは別の投稿の機会に。
はじめに結論から
最初に結論から言うと、全国の非常勤講師の人数は・・・・
でした。
いやいや、元データ含めてちゃんと調べてないからだろ!というツッコミもありそうですが、確かな情報源を見ても、講師が切り貼りされたり(ひぇ〜)、ダブルカウントされたり、と、いったいどれくらいの人が非常勤講師という契約形態で生活しているのか、よくわからないのでした。この(しょうもない)結論だけを読んで満足された方はここまで読んでいただければいいのですが、ご興味ある方向けに結論に至るまでの過程を以下に記していきます。
非正規教員の人数(2011年時点)
まず、教育に関するデータなら管轄官庁の文部科学省、ということで、調べると真っ先に入手できるのが、2012年(平成24年)に文部科学省の第14回公立義務教育諸学校の学級規模及び教職員配置の適正化に関する検討会議において提出された「資料3:非正規教員の任用状況について」です。なお、ここでいう非正規教員とは、正規採用されている専任教諭ではない、臨時的任用講師(常勤講師)と非常勤講師の総称です。
弊社の事業は主に非常勤講師を対象としているため、棒グラフの黄色の部分に注目すると、2005年(平成17年)の約36,000人から2011年(平成23年)の約50,000人に増えています。年平均成長率(CAGR)は約5%です。一方で、正規教員の人数は減少傾向にあるため、非常勤講師と同じく人数が増えている臨時的任用講師の含めた非正規教員の教員全体に占める割合は、年々増えています。スライドの上部メッセージ部分にもある通り、非正規教員の割合は2005年(平成17年)に12.3%だったものが、2011年(平成23年)には16.0%まで高まっています。少し古いデータにはなりますが、この数字が、よくメディアで教員全体の5〜7人にひとりは非正規雇用と紹介される根拠となっています。
データに含まれていないもの2つ
しかし、このグラフを見ただけで、全国の非常勤講師の人数は2011年には5万人だった、と結論づけてしまうのは早計です。この統計には大きく2つ含まれていないものがあります。ひとつは、高等学校などの小中以外の学校種の非常勤講師です。さて、高校の非常勤の先生はどれくらいいるのでしょうか?この文部科学省によるグラフには小中のデータだけが提示されていますが、実は、後ほど詳しく紹介する学校基本調査という昭和時代から実施されている国の基本統計には、高等学校や特別支援学校を含むすべての学校種の教員数などのデータが収録されています。これを読み解くのがこれまた大変で、分析は定義付け次第で変わってくるのですが、兼務者データの講師合計を比較すると、高校の非常勤講師の方が小学校・中学校よりも多いようです。
もうひとつグラフに含まれていないものは、私立学校の非常勤講師です。では、私立学校で働く非常勤講師はどれくらいいるのでしょうか?先ほど登場した学校基本調査には私立学校も含めた講師の人数があるので、国公立・私立の全体像を把握するためには、学校基本調査のEXCELデータを読み解く必要があります(そしてこれが結構面倒くさい・・・)。兼務者データの講師合計を見てみると、小学校は国公立の学校の非常勤講師が主なので割愛するとして、私立中学・高校の非常勤講師の人数は、中学は全体のうち1/3が私立(2/3は国公立)、高校は全体の半分、つまり、国公立の高校非常勤の人数とほぼ同じ、のようです。
ちなみに、この棒グラフ、仕事または学校でフィードバックをする立場だったら、「修正したほうがいいよ」と言ってしまいそうです。というか、私自身、新卒で入った銀行の部長説明の時に似たようなグラフを作って、本人としてはプレゼンする相手のことを考えてよかれと思って工夫したつもりだったのですが、「これは直したほうがいいよ」と言われてしまいました。どの部分かというと、Y軸(縦軸、人数)の始点です。ただこれ、気持ちはわかります。正規教員の数が圧倒的に多いので、グラフを普通にゼロから始めてしまうと、非正規教員の数が少ないため変化がわからなくなってしまうんですよね。あと、非正規の内訳もぐちゃっと表示できなくなってしまうくらい小さくなってしまう。よくわかります。なので、下を省略して32,000人からスタートすることで、変化と内訳がよく分かるスライドにしたと。ただ、私も新卒の時にフィードバックを受けましたが、このようなグラフにすると、変化が誇張されてしまうことや、割合を誤認してしまう(この棒グラフは割合を示す100%棒グラフではないですが、それでも情報の受け手は割合を読み取ろうとしてしまいます)、ので、できるだけ避けたほうがいいよ、と元銀行員の非常勤講師として高校生にも説明しています。
非正規教員の人数(2021年時点)
ここまで、非正規教員の人数推移を見てきましたが、いやちょっとデータ古いよね?と思った方もいると思います。もっと新しいデータないの?と。そこで、次に紹介するのは、令和に入ってからのデータです。
2022年(令和4年)の文部科学省の資料に「教師不足」に関する実態調査というものがあり、非正規教員や非常勤講師とは直接関係はないのですが、資料の中の1ページに2021年度始めの非常勤講師の人数と全体に占める割合が示されています。なお、この表には先ほどのグラフには含まれていない高等学校と特別支援学校の人数もありますが、あくまで公立校のみを対象とし、私立学校は含まれていません(そもそも国公立の教員不足についての資料なので)。
この表のうち右の方に、非常勤講師が登場します。括弧書きで会計年度任用職員と書かれていますが、ここでは無視してください。非常勤講師の数は、というと、あれ?小中あわせて1万人にも届きません。2011年の5万人から大幅減ではないですか。この表では高等学校と特別支援学校の人数もありますが、4校種合計でも2万人にもなりません。これはどういうことでしょうか?5万人もいた非常勤講師はどこにいってしまったのでしょうか?念願叶い専任教諭に任用されたのか、それとも、他の業界に転職してしまったのでしょうか?
実はこの統計にはカラクリがあります。同じ資料の補足欄には次のような説明がされていました。
これはどういうことかというと、一週間を40時間として人数を計算する、ということです。つまり、全国の非常勤講師の一週間の合計勤務時間を40時間で割ると、非常勤講師の人数が計算できます。しかし、非常勤講師の勤務実態として、週5日間、一日8時間すべて授業でコマが埋まっているわけではありません。例えば、私もある年度にとある学校では、週2日間だけ勤務していました。この場合、換算数は2/5人です。また、ある年度にある学校では週1日午前中4時間だけ授業をしていました。この場合は1/10人です。だいぶ切り刻まれてしまっています(汗)。仮に私と同じような働き方をしていた非常勤講師が10人いて、ようやく統計上は一人前とみなされるということです。今度はだいぶむぎゅっと丸められてしまいました(笑)。このように、この換算数という仕組みのために、令和4年度の資料では過去の水準よりも非常勤講師の人数が少なくなってしまっているのです。
この換算数という考え方は、教育行政においてよく使われているようです。文部科学省の他の資料にも登場します。一方で、最初に紹介した非常勤講師の人数は実際の人数となっています。グラフの中で「実数ベース」とあえて付記されているのはそういうことなんですね。
学校系のデータといえば「学校基本調査」
非常勤講師は全国に何人いるのか?の調査過程が少し長くなってきてしまったので、次のデータで最後にします。国が昭和23年から学校に関する基本的なデータを収集した「学校基本調査」です。文部科学省のウェブサイトにリンクされているe-Statから直接データを参照することができます。
この学校基本帳の膨大なデータ項目のうち、弊社の想定顧客層である非常勤講師は、「兼務者」のうち「講師」にあたります。学校基本調査は、国公立だけでなく私立も含み、また、小中だけでなく、高校など他の校種も含むため、網羅性が担保されています。2012年(平成24年)から2022年(令和4年)までの10年間の小中高の講師(兼務者)の人数を表にまとめてみました。
表が小さいため読み取るのは大変かもしれませんが、小中高それぞれ特色があって面白いですね。以下に主な考察をまとめてみます。
全体として、講師の人数は増加傾向。2012年から2022年の10年間で約1万人の増加。
小学校は、圧倒的に女性の講師が多く、その数も増加傾向にある。ただ、人数は多くはないものの、男性の講師も増えている。3つの学校種の中で全体の増加が顕著。背景として、少人数学級や特別支援学級の増加、専門科目や学力フォローアップなどの非常勤への委託などが推測される。
中学校は、全体として微増傾向。女性の講師が多いのは小学校と同様だが、女性の講師は横ばいなのに対して、男性の講師が増加に貢献。
高校は、3校種の中で最も人数が多く、小中の合算値よりも多い。ただし、10年間でほぼ全体人数は横ばい。2012年には女性の講師の方が多かったものの、男性の講師が増えている一方で、女性の講師は減っているため、講師の男女比は逆転している。
この人数は換算数ではありません。切り刻まれたりまとめられたりはしていません。加えて、国公立+私立と校種も網羅しています。データも最新です。だとすると、全国の非常勤講師は「約11万人」、市場調査終了!と結論づけたくなりますが、ここでも注意すべきことがあります。それは兼務者の集計方法です。「兼務者」は、次のように定義されています。
私自身、このうち甲さんと丙さんの立場を経験したことがあります。全国に非常勤講師が何人いるか?を正確に把握したいときに難しいのは、丙さんのようなケースです。なぜなら、二重計上、つまりダブルカウントされているからです。私も、ある年度では国立高校と私立高校の非常勤講師を同時並行でやっていたため、定義に準じれば学校基本調査のEXCEL上の国立のセルと私立のセルにそれぞれ1人と計上されていたはずです。なんとなく誇らしげな気もしてきますが、それは勘違いで、合計値の分析においてダブルカウントは明らかなノイズです。
学校基本調査には、複数校で勤務する講師の内訳や、勤務校の数の情報はありません。そのため、2022年の講師合計約11万人をそのまま全国の非常勤講師の人数とみなすことはできないのです。全員が2つの学校で非常勤として働いていれば単純に2で割ればいいのですが、複数校で勤務する非常勤講師の方が少ないだろうと思われるため、合計よりやや少ない切りのいい数字として10万人くらいかな、と結論づけました。ざっくりですけど。全国の教員数が約100万人弱なので、その10分の1の規模と考えるとわかりやすいかもしれません。
ふたたび結論
以上、非常勤講師の人数に関する統計情報を見てきました。換算数という形でまとめられてしまったり、複数校で非常勤の場合は二重、三重に計上されてしまったり、と、結局のところ全国で何人の先生が非常勤講師として働いているのかはよくわからないという結論です。ここで新たな統計情報を出すのはやめておきますが、他の調査では、6ヶ月以上の勤務実態がある場合のみ計上される講師に関する統計もあり、夏休みから1ヶ月半だけとか、3学期だけ3ヶ月のみとか、超短期の非常勤講師を経験したことがある私は、少なくとも統計上は存在しえない非常勤講師、ということになってしまいます。あれ、消えている(うぅ)。
ここまで冷静に客観的に定量的な観点から全国の非常勤講師の人数を見てきました。その中で、非常勤講師がデータ上でまるっとまとめられてしまったり二重計上されていたり、疎外されてしまったりしている状況について、いちいち嘆いていたのは、もちろんデータ分析の不都合への嘆息でもあるのですが、それよりも、それぞれ日々を生活している非常勤講師がひとりの個人としてカウントされていないことへのやるせなさを感じているからです。こんな状況を少しでも改善したい!という気持ちが事業推進の原動力です。
新しいビジネスをするにあたり、基本的なデータは押さえておくことが大事だとは思いますが、それだけに時間を掛けたり、そこから精緻な計画を立てることはあまり意味がなく、とりあえず行動に移していこうと思っています。まだ数字に現れていない潜在需要もありますし、新たに市場を創出していきたいとも考えています。