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風をはらい荒れ狂う稲光の下で

「​────夢が、あるんだ。」

   
   

結論から言うと、120分が会話だけであっという間に過ぎ去った。


   
   

田舎で育ち自然に囲まれて育ったという彼は、幼い子どもと奥さんと幸せに暮らしている。それでも、ベッドで隣に腰掛ける彼の視線は上がらない。

   
   

「父親になってから、未来のことを考えるようになったんだ。子どもが大人になっていく環境。俺は田舎のあの環境が好きだったし​──何より、今の俺は堂々と子どもに背中を見せられない気がする」

  
   

高級ソープランドという価格帯から、来るお客さんはお子さんが居る年齢層が多い。未だ浮気だの不倫だの騒ぎ立てる世の中ではあるけれど​──そしてお金の上に成立する関係だとしても体を交えはするけれど​──どうと言う事はない、ただ「セックスをした」それだけなのだ。
     

この業界に居るからこそ思う、女性の多くが思っているよりビジネスライクだ。確かに風俗嬢と客が結婚した事例は私の友人に居るけれど、基本はそういうんじゃないのだ。下心はある、けれど健全な下心。そんな男性の心理と女性の心労は、今後も交われないのかもしれないが。
    

だから、風俗へ足を向ける男性を不健全だとは思わない。「癒されたよ、ありがとう。これでまた明日から仕事頑張れるよ」​─​───あまりに煩雑な纏め方になってしまうけれど。孤独、なのだと思う。男性にだけ吹く、重い寂寥の風。男の美学というやつなのかもしれない。泣いている背中だっていいと思うのだ、それでも歩んでいる姿を子どもに見せれば。…やさしく抱きしめてくれと無言で強請りたくなる事は、男にだってあるのだし。

  
   

「子どもの今後の保育園や学校、将来のことを考えると、それが正しい選択なのか分からないけど」

  
   

パワーのある人、というのは居る。胸を張っている人だ、自分の生き方に。仕事に。美学に。釣られて背もぐいと大きくなる。他者が憧れを見出す背中だ。特に子どもが。"僕もあんな風になりたい"、と。
    

横に座す彼の背は縮んでいた。そして色んな具体的な話をした。引越しの事。転職の段取り。育児論から宗教の話も。スマホを開いて、こんな人が居るよと。屈み込み頷く彼の目が、真っ直ぐで綺麗だと思った。彼の夢を、応援したいと心から思った。

   
   

「ささらさん以外のキャストさんも、こういう話をするの?」  

  
   

分からない、と答えた。個人差はある。会話よりキスが好きな子も居る。私はその人となりを知った上で抱き締めたいと思うから、こうして隣で言葉を重ねる。

  
  

「お金に余裕もあんまりないから次にいつ来れるか分からないけど」

  
   

服一枚すら脱ぐことはなかった。お客さんと風俗嬢。高いお金を払えばセックスが出来る場所。けれど、セックスをするだけではない場所。心が酷く疼いた。心に襞があったなら、間違いなくしとどに濡れていた。


  
   

フロントにコールをし、いつも通りに階段を降りて、手を振って見送る。待合室へと消えていくその背中は、120分前に会った時より少しだけ大きかった。頑張れ、お父さん!



出勤前に飲むコーヒー。ごちそうさまです。