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包茎ダイエット。

備え付けの歯ブラシでシコシコと浴槽の壁を擦り乍らふと思い出す。

「包茎の手術を思い切って受けようと思ったんだよ」

いや、風呂掃除は風俗嬢の仕事ではない。けれど待機時間は暇なのだ。寝転がって姫日記を更新することが多いが体を動かしたい。動かしたいがどうせ動くならば合理的な動かし方がしたい。けれど筋トレなんておっぱじめて汗だくになったところに客が来るという展開は頂けない。数秒思案と共に宙を浮かせた視線が止まったのは風呂場の壁であった。


年明けの話だった。気のいいおっちゃん、と周囲から親しまれているだろうなというのが第一印象の彼は、何度も来てはその笑顔で私を笑わせてくれるのだ。図体は大きい。何キロあるのかと試しに訊いてみると100を超えているらしい。私が横に二人並んでフュージョンしたら、質量的にはほぼ同等だ。

そしてそんな彼は同世代の多くの男性同様、健康診断での注意を受け、せっせとジムに通っていた。ダイエットの法則上、序盤の結果は目に見えて出ていた筈だ。  


「それで病院に行ったらね、『術後は一週間は自分で包帯を巻いて貰わなきゃいけないけど、それ(そのお腹)だと巻けないから、まずは痩せて来てください』って言われちゃったんだよ」  


笑っていいのか話題的には困るものではあるけれど、彼の場合そういった話を全て笑いに変える明るい空気を纏っているから、そんな杞憂を抱く間も無く破顔した。陰茎の為にダイエットをする、なんて一見まるで何も繋がらないような話だ。道程はなかなかに遠い。

けれど彼は忘年会で、しこたま飲んだのかは知らないが、見事足元を外して運動がしばらく出来ないらしい。お陰で正月太りも相俟って、ジムでせっかく減らした体重をしっかり戻したということだった。  


「けど来れてよかったよ!這ってでも来るつもりだったけどさ!」  


100キロ超えの中身は元気な巨体が店の階段を這って上がってくる図は、エクソシストの真逆だけれどある意味同じホラーかもしれないとふと思った。新・吉原怪談。


……と、会う度に元気づけてくれる彼のエピソードを思い出しつつ、掃除が終わった。待機時間もそろそろ終わりを迎えようとしているので、ここ辺りで一旦筆を擱こうと思う。 

純粋な笑顔で元気をくれる人もいれば、相談に乗ることで自分の価値観を確認させてくれる人がいる。癒されたと何度も言っては存在意義を定義し直してくれる人がいて、ただひたすらスポーツの様にベッドで楽しむ人にいる。話が盛り上がって、服を一切脱がずに120分が終わることもある。その全てが面白い。たった120分の中にドラマが詰まっている。見送り迎えを繰り返す度に、全く違うストーリーを読ませて貰っている気持ちになる。それが、この仕事の飽きない一番の要因なのだと思う。 


私は、この仕事が、好きだ。


ささら

出勤前に飲むコーヒー。ごちそうさまです。