【無料note】人生に花を咲かせる「魔法の言葉」
●ステキの見本になる
本気で人を導こうと思ったら、相手を変えようとするんじゃなくて、まず自分が幸せになることだよ。
自分が幸せになって、自分が“光”になればいい。
“光”とはなんですか、と言ったとき、明るさではないんだよ。
その人がどう生きているか、っていう「生き方」なんだよ。
「自分も、こういうふうに生きたい」
「私も、こういう人間になりたい」
「こんなふうに考えたい」
そういうふうに思われるような生き方が“光”なんだよ。
たとえば、同じ青森を旅するのでもさ、旅が違うじゃない。
目的地を竜飛崎(たっぴざき)にしたとしても、車で行く人もいる、タクシーを使っていく人もいる、自転車で行くことだってできるんだよな。
それから、ひとり旅で竜飛に向かう人もいるよね。
オレたちみたいに仲間とワイワイ行く旅もある。
そこでどんな人と巡り会うか。
どんな瞬間、どんな瞬間に、感動するのか。
みんな、ひとりひとり、違うんだよ。
人生もそれと同じだよ。
ひとりひとり旅路が違うんだよ。
違うというか、それぞれ、自分が主役なんだよね。
自分がもっと幸せに豊かになるような、旅のプランを立てて旅に出る。
そこで、いろんな人と知り会って、いろんな経験をし、自分が何者であるか、ということに気づいたり、いろいろ学ぶんだよ。
そうすると、夢もわいてくる。
希望もわいてくる。
人生が輝いてくるんだよ。
人は人生の旅路を歩いて「経験」という宝を得るんだよ。
宝というのは、金銀財宝のことではないんだよ。
何を経験し、そこから何を学ぶのか。
わかるかい?
オレがお弟子さんたちに教えたこと、本やYouTubeなんかで言っていることというのは、宝探しの地図みたいなものの提供なんだよ。
大ざっぱに「ここに宝があるよ」って示した地図を、みんなに「これ、どうぞ」って。
よかったら、使ってみてって。
みんなは、それ持って旅に出る。
それぞれ、自分の歩き方で、宝探しの旅を楽しむ。
宝を見つけるまでの旅路が、経験が、宝なの。
だから、たとえば旅の途中で落ち込んでいる人と出会うことがある。
「そのとき、どうしたらいいんですか?」
って、ひとつの答えを求めるけどね。
「これしか、答えがない」
という思い込みが、自分自身を苦しめるんだよ。
本当は場面によって違うんだよな。
落ち込んだ人に、何か励ましの言葉をかけたほうがいいときもある。
見守ってあげたほうがいい場合もある。
ただ見守るだけでなく、宝島の地図を渡したほうがいいときもあるんだよ。
どんなとき、どんな手が正解なのかは、経験しながら覚えていくもんなの。
大丈夫、心配いらないよ。
逆上がりの練習と同じで、最初から上手にできることはないけどね。
何回も経験しているうちに、うまくなっていくよ。
経験をするために、オレたち、生まれてきているんだから経験するの。
その生きざまが、やがて必ず周りを照らす“光”になるんだよ。
この“光”を周りの人たちに投げかけると、相手は変わる。
自分や自分の人生を明るく捉えるようになって、私は“わたしの花”を咲かせようって、自分の意思で歩き出すんだよ。
相手を照らすんじゃないんだよね。
ステキな捉え方や、ステキな生き方をしていると、それを見ていた人は同調してステキになってくるんだよ。
だから、相手を変えようとする努力とかは必要ないんだよ。
自分はステキの見本になっていればいい、それだけなの。
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