見出し画像

「もう一人の自分」に気づく

「坐禅」の「坐」の字には、「土」の上に「人」が二つ乗っています。これは、現実を生きる自分と、本来の姿である「もう一人の自分」(本来の自己)がどっしりと坐って対話しているさまを表現しています。
 人間というのは「こんなことをしちゃあいけないな」と頭ではわかっていても、ついいけないことをしてしまう生き物です。「自分だけが得しようとしてはいけない」と思っても、つい私欲に走ってしまう。「人を傷つけてまで、自分がいい思いをしてはいけないな」と思っても、つい保身に走ってしまう・・・というふうに。

桝野俊明「小さな悟り」p85 三笠書房

自分を知る

自分とは「自らを分ける」と書くのは何故だろう
自己と自分がいるということでしょうか
「小さな悟り」のもう一人の自分に気づくに書かれているように
坐禅は、己ともう一人の自分を見つめることなのかもしれない
「食べすぎないように」思っていても食べてしまう( ・∇・)
「落ち着いていこう」思っていても焦ったりイライラしたりΣ('◉⌓◉’)
そんなことはしょっ中あること
「人の尊厳や自己決定を尊重」思っていても
良かれと思うことを押し付けようとしていることもある

対人援助職の学習の中で
「自己覚知」「自己洞察」「自己理解」は大切と学ぶ
「自己」を知るため
「自分」を知ること
それが簡単ではないことを知っているから
スーパービジョンという振り返りを常に行う
今は行わない専門職が増えているようだけれど・・


健康とは肉体だけではない

この記事を読ませていただいて
肉体の他、気、心、魂、五感の大切さについて
なるほどーと考えさせられた

現代人の健康を考えた時
パソコンやスマホやネット社会の発達
コロナ禍でますますオンラインやリモートワーク
そんな環境での生活や教育、仕事が増えた
無意識に使っている五感だけれど
視覚、聴覚はモニターやスピーカー越しの間接的に使っている感覚
嗅覚、触覚、味覚はネット上で感じることができない感覚
五感を使えないことが増えた現代人
健康にどんな影響があるのか
五感の使い方が代わっていくことで
バランスを崩した時の治療法や整え方
予防法も代わっていくのではないだろうか
そんなことを感じています


魂の声を聴け

最近、読んだばかりの「さとりをひらいた犬」
魂の声を聴いてみるんだと教えられ
本当の自分に出会うまでが描かれている

「肉体」「心(エゴ)」「魂」のバランスが大事
自分はどういう存在なのか
生存していることと、どのように存在するかの違い
エゴに囚われ求めるほどに
本質を見失うということ
優秀であった者ほど見失い闇に落ちやすい

本当の強さとは、自分が弱い存在だと知っていることじゃ。わしらは光と影の合わさった存在なのじゃ。光の部分だけしか見ていないと、おんしのようなことになる。光が強くなればなるほど、影も強くなるのじゃ。そこを見ないように避けておると、おんしのようにいきなり影につかみとられ、闇の中に引きずり込まれるのじゃよ。光と影、その両方が合わさった存在が自分だと知ること、これがほんとうの強さを連れてくるのじゃよ。わしらは皆弱い。強いやつなどひとりもおらん。

刀根 健「さとりをひらいた犬」p128 SBクリエイティブ

受け入れられないような出来事が起こったら、少し上から見てみるのじゃ。エゴの声が小さくなるように、上から見てみるのじゃ。山の頂上からふもとを眺めるように、エゴの声の雲海を見下ろすのじゃ。遠くまで見えるようになれば、それが一つのプロセスであり、いずれは消えるものであり、そしてそれすら魂の計画じゃということが、自然と腹でわかるもんじゃ

刀根 健「さとりをひらいた犬」p135 SBクリエイティブ

人はエゴに惑わされやすい
楽しいことや幸せを感じるいい時が続いてほしいし
満足したいし裕福でいたいと思いがち
それを求めれば求めるほど
そうでないことを受け入れたくない

光があれば影がある
いい時ばかり続かないのが人生
苦労があるから幸せに気づく

療養してリハビリしている今だからこそ
のんびり気ままに楽しむことを大事にしている今だからこそ
気づける自分もいるんだと思える


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?