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シン・仮面ライダーを観てきた-超ネタバレ-【無料】

「私はルリ子を泣かせたいの。」

「シン•仮面ライダー 」を観てきた。
最初に断っておくが、俺は筋金入りのラヲタ(仮面ライダーオタクの不穏当な略)である。同時に石ノ森章太郎の大ファンであり、昭和の特撮の大ファンでもある。

その俺が言おう。
「これは面白い」と。

しかし、「わっかるかなぁ…わっかんないだろうなぁ…」とも思う。
さらに「初代仮面ライダーの映画」としては面白いが、「令和の特撮映画」としては…とも思う。

この作品には“仮面ライダー”と“昭和特撮”と“石ノ森章太郎”に対する愛とリスペクトが充満しているが、それの説明はない。
設定や人物の背景など詳細な説明はなく(俺には十分すぎるが)それを酷評しているレビューも多く見受けられるが、俺からすればそれは“お門違い”なのだ。石ノ森の作品を読んだことのある人、昭和40年代の漫画を読んだことのある人ならわかると思うのだが、仮面ライダーに限らず当時の漫画は非常に短い。原作は単行本でも様々な形態で出されているが1巻から5巻程度にまとめられるほど短い。

当然、作中での説明も本当に少なく、読者がセリフや描写から読み解くことが必要になる。
TV版でも大人の事情による変更などが何度もあったがそれの説明などはある訳もなくゴリ押しも数多あった。
しかし、緻密な設定と世界観と秀逸なデザインかつ簡潔に描写された石ノ森ワールドと当時の特撮を、リスペクトと愛を持って絶妙なバランスで再構築したのが今作なのではないか。
ともかく“自分の望むカタチではなかった事”に対しての酷評はいただけないと思う。

今作には“仮面ライダー”と“昭和特撮”と“石ノ森章太郎”に対する愛とリスペクトが充満していると冒頭で述べたが、その一部を記憶から書き出してみる。

まず最初に襲ってくる大型ダンプに書かれた「三栄土木」の文字。TV版の撮影でよく使われたのがこの「三栄土木」なので、序盤からラヲタにはタマラない。

マスクやスーツの造形も良かった。TV版での変遷も踏襲しつつ細かいところまでしっかり作り込まれていたし、アゴの動くマスクも良いね。

SHOCKERの人工知能「アイ」が人間の思考、行動を理解するために作り出した、頭部の半分がクリスタル状の自立型人工知能「ジェイ」は人造人間キカイダーのオマージュでキカイダーは「ジロー」が変身する。これは頭文字「J」を取ったものかな?

そして不完全な「ジェイ」のバージョンアップ版として「ケイ」が登場。デザインはまんまロボット刑事。人間の思考を理解しようと努めたロボット刑事のコードネーム「K」。ちなみにロボット刑事は企画段階でのコードネームが「ジョー」だったことから、「ジェイ」との関連を匂わせる。

ちなみに石ノ森の漫画版キカイダーとロボット刑事は共に「人間になろうとした機械」であり、この両作品は「嘘をつき、仲間を殺すことで人間となる事を選んだジロー」と「ロボットであることを受け入れたK」という真逆の結論を自ら導き出し、どちらも孤独な結末を迎えるという石ノ森作品の真骨頂とも言える作品だ。これを同時期に連載していたのだから石ノ森の天才には驚かされる事ばかりだ。
キカイダーとKを「人間を理解するための憑代」として出してくるのがニクイ。

サソリオーグとハチオーグの流れも良かった。人間だけで倒したという伏線を、ライダーが助けたハチオーグの命を人間がサソリオーグの毒で殺すことでしっかり回収し、本郷とルリ子の精神をズタズタに引き裂いたのが「守るべき人間」という「人間ならざる者」の苦悩と孤独を改めて描写していた。

映画館にいたハチオーグ

左足が逆方向に向くほどの負傷して戦えなくなる本郷猛もTV版に本当に主演の藤岡弘が撮影中のバイク事故で左足大腿骨複雑骨折したことからきているだろう。
TV版では藤岡弘の顔を出さずに撮影が続けられたが、それも長く続けられる訳もなく急遽登場させたのが二号ライダーなのだが、一文字隼人役の佐々木剛はバイクの運転が出来ず、バイクで走ることでベルトの風車に風力エネルギーを溜めて変身するという原作スタイルが出来ず、考え出されたのが変身ポーズとされている。
今作の二号ライダーも「お見せしよう」という名台詞と共に変身ポーズを見せ、「風も受けずに変身を?」と驚かれるが、こんな説明的なセリフはTV版にはない。
一文字隼人が本郷猛よりも明るいキャラクターなのもTV版より受け継がれていて、実直すぎる本郷猛だけでは面白みに欠けたであろう所を見事に補填している。

「一文字さん」と呼ぶ本郷に一文字隼人が言った「そこは呼び捨てだ」というセリフは孤独とも戦い続ける本郷にとってどれほど嬉しかっただろう。
同じ孤独を背負っているはずの一文字隼人のこのセリフでこの二人は救われたのだ。

後半に出てきた11人のバッタオーグは13人の仮面ライダーという原作オマージュだ。TV版「にせライダー」や他作品ではあるが「にせウルトラマン」「にせ水戸黄門」などはどう見ても似ていない。しかしこれは本郷猛と一文字隼人ではないが本物のバッタオーグである。アップになるとグロい顔が一瞬だけ見えたのも良いね。

チョウオーグは驚いたね。モチーフがイナズマンなのに名前がイチロー(キカイダー01)で両親と妹が殺された過去とベルトがV3。
これは強いよ。変身してなくてもライダー二人を圧倒しちゃう強さ。
イチローの「理不尽な人間に家族を殺され、大切なものをこれ以上失いたくない」という気持ちは分かるが、そのためのハビタット計画という「全人類をプラーナ(魂)だけにしてみんなで分かり合って争いをなくそう!」という純粋過ぎるイカレた発想はエヴァンゲリオンの「人類補完計画」と同じだな。
でも、失われた失いたくなかったモノ、戻せない時間、やり場のない怒り、どうしようもない現実から救いを求めると極論的にここに辿り着くのかもしれない。

こういう部分は庵野ワールドを出し過ぎかもしれんね。人物描写の根底に必ず「ヤマアラシのジレンマ」があるし、丁度良い距離感を探すことを“妥協”と捉え、“孤独”と“なれ合い”に描写してしまう。
匿名による誹謗中傷の的になった人は人間の裏の顔を知っている。それを隠しながら上っ面だけの付き合いをしている人間の姿は醜悪に見えるだろう。魂だけにして匿名性を失わせるという発想には賛同は出来ないが理解は出来る。
マスクに残された妹・ルリ子の説得に素直に応じてしまう辺り、本当は良いヤツなんだよ。

絶望を乗り越え、他者と関わりながら生きること、弱気を助け平和を守ることを決意しているライダーの姿はヒーローのあるべき姿ではあるが、大人になるとその終わり方じゃ物足りないんだよな。
でも、仮面ライダーなんだからそれでいいのだ。

簡単にまとめると、

・浜辺美波はただただ可愛い。
・柄本佑が好きになった。
・ライダー史上、一番弱そうな池松壮亮・本郷猛だけど、それがいい。
・イチローの両脇のバイクだけで泣ける
・サソリオーグが誰だか分らなかった。

こんな感じかな?うひ。

みなさんのお気持ちは毛玉と俺の健全な育成のために使われます。