【第30話】自然も人の気持ちも、分からんもんじゃ
ものすごく大きいキュウリが採れました。
電話にしても大きい。
美肌パックなら、面積大きくて丁度よし。
そう、梅雨の時期は、一雨ごとに畑の野菜は大きくなるのです。……って、そりゃデカくなるわ。大雨警報と土砂災害警報出まくって、挙句の果てに避難準備情報まで出されたぐらいだもの!
◇眠れぬ夜
6月23日、真夜中2時すぎ。豪雨の中、防災放送が響き渡る。「………避難の準備をしてください」。寝ていたのと嵐の大音量で最後しか聞こえなかったが、どうやら結構ヤバいらしい。
外に出ると暗闇の中、「山が鳴る」という現象を始めて知った。ゴゴーッという雨音に混じって、土地全体から不気味な重低音が響いているのだ。ウーファー効きまくってるね。生き物の本能で感じる。ビンビンに怖い。
ウチの集落は「山田」ってだけあって、山の谷間に広がってるエリア。正確な名称はあやふやだが、土石流警戒区域に指定されている。おいおい、避難しろって、どこに逃げればいい? 下に逃げても川あふれんじゃん? 上は崩れそうで怖い。じゃあ横?…って意味わかんないよ!
と、パニックになりつつも、寝ぼけ眼でリュックにつめこみましたよ、商売道具。一眼レフにタブレット、キーボード、充電器、ICレコーダー。これだけあれば、また一から稼ぎなおせる。PCのハードは持ち歩けないから、外付けハードディスクを引き抜いて、押入れの上段に避難させた。ここには思い出の写真もたくさん入ってるんだっぺ。あとは着替えに化粧水。PC用メガネ。どういうわけか、耳かきと懐中時計。
詰め込む中で、あぁと気づく。物が惜しい。普段は「まぁ身体さえ無事で逃げられれば」なんて話していたけど、そんなのきれいごとで、本当は一つでも失いたくないんだ。たはは、まだまだ悟りは遠い。
夫は一度寝たら、隣でエレクトリカルパレードが始まっても起きない体質。島の誰かに電話したかったけど、みんなへっちゃらでグースカ寝てたら悪いと思って自粛する。頼るはFacebookとTwitter、そして災害と天気情報。スマホから目が離せない。気持ちが昂り、眠れずに朝まで過ごした。
◇みんな同じだったのか
雨がピークをすぎる。白々と空が明るくなってきたときは、心底ほっとした。よくニュースで「住民たちは眠れぬ夜を過ごしました」という心境が、少しだけわかった気がする。
ちょっと眠ったが落ち着かず、ボーっとした脳のまま、近所を見回ったり、お隣さんがやっているお土産物屋に顔を出したりした。数十メートル級の土砂崩れや、電柱が傾いたところもあった。噂によると100カ所ぐらいあったらしい。でも、ずっとここに住んでいる人は、へっちゃらなんだろう…と話を振ってみたところ「こんなの80年ぶりだ」「怖くて仕方なかった」って、私と一緒じゃん! ってか、地元の人さえ震えるような雨だったなんて、さらに怖いわ!
(普段は底に木が茂るぐらいの水無し川が、濁流でパンパンに…)
よく聞くと、雨の凄さ自体は20年とか30年ぶりぐらいの規模なんだが、その短期集中っぷりや土の流れ方が違ったんだそう。ある人は、「イノシシが這いずり回るようになったけん、土が弱くなったんじゃろか」とぼやいていた。
ここ数日で、島の人たちから「実は埋立地だった場所」「山を削ったのはどこか」など、地形にまつわる色々な話を聞かせてもらった。歴史を知るって、サバイバルの面でも大事だよなー。
*
やっぱ安全を求めるなら、川から遠い平地で、都会でも田舎でもないそこそこの町ですよ。なーんて思っても、不思議とこの島から出たいという気持ちは湧いてこない。むしろ、どういうわけか愛着が強くなった。
崖崩れを見る度に感じるココロの痛みは、「自分の島」と思い始めたせいなんだろうか。役場に寝泊まりして対応してくれてる職員さんや、いざというときの消防団の皆は、普段会う近所の人だったり知り合いだったりする。みんな疲れてるんじゃないかと気にかけるときの感情の種類が、東京や埼玉にいたときと全然違う。
よく分からない感情なので、よく分からないまま放っておくことにする。
人間のココロも自然のココロも、謎ばっかりじゃ。
カラス雑誌「CROW'S」の制作費や、虐待サバイバーさんに取材しにいくための交通費として、ありがたく使わせていただきます!!