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【短編小説】夏休み初日

「お兄ちゃん起きてー!」

 やけにはつらつとした声に卓也たくやは目を覚ます。

 寝不足で痛む頭を押さえながら、卓也は声のする方へと顔を向ける。

 そこには控えめなハートがあしらわれたピンクのエプロンを身につけた少女が、お玉を持って立っていた。

「もー、夜更かししたんでしょ? 今日から夏休みだからって、ちゃんと規則正しい生活をしないとダメだよ?」

 少女は「めっ!」と人差し指を向け、漆喰のように艶やかな長い黒髪をなびかせる。

「もう大学生なんだからしっかりしないとだよ?」

 少女の言葉に卓也は眉をひそめる。

 注意はもっともだが、しかし夏休みくらい自由にしたいものだ。

 しかめっ面をする卓也に少女は「もう」とため息をこぼすと、「朝ごはんできてるから早く着替えてきてね」と言って部屋を出ていった。

 部屋に残された卓也は室内を一望したあと、おもむろに体を起こして服を着替える。

 窓を開けようと鍵に手をかけるが、少し動くだけで開けることはできなかった。

「はあ……」

 卓也はため息をこぼすと、ボサッとした髪を掻き部屋を出る。

「お兄ちゃん、早く食べよー!」

 少女はエプロンを脱いでソファの背もたれにかけると、ローテーブルの前に座る。

 テーブルには二人分の朝食が用意されていた。ご飯に味噌汁、卵焼きにほうれん草のおひたし、そして焼いたベーコンと朝から品数豊富だ。

 少女に倣い座って、卓也は目の前の朝食をまじまじと見つめる。

「どうしたのお兄ちゃん。嫌いなものとかアレルギーは入ってないよ?」

 たしかに卓也の食べられない食材は入っていない。それどころか和食は卓也の好物だった。

「いただきますっ」

「……いただきます」

 もりもりと食べる少女を見て、卓也は味噌汁に手をつける。その次は卵焼き。キレイに切られた卵焼きを箸で割って口に運ぶ。

「お兄ちゃん、おいしい?」

 咀嚼し終えた卓也は無言で首肯する。

「えへへー、頑張って作った甲斐があったよー♪」

 少女は満面の笑みを浮かべると、ご機嫌に卵焼きを口に運ぶ。

 そんな少女を見て卓也は思う。






(誰だこの女……)





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