【短編小説】イブの来訪者

 なんとなしにインスタを開いてみると、画面上に友人たちのストーリーがずらりと並んでいた。大抵は恋人とのツーショットやイルミネーションの写真ばかりで、たまに野郎の集まったむさ苦しいパーティーの光景も流れてくる。対して俺はというと、セキュリティ万全なマンションの一室、だだっ広いリビングに一人でいた。

 十二月二十四日。いわゆるクリスマス・イブである。今年は土曜日ということもあって、昼間から大勢の若者が街を行き交っていたらしい。実際に目にしたわけではないから、ネットやテレビの情報でしかわからないが。

 恋人のいない俺、来栖くるす友樹ともきはクリスマスらしい予定が一切入っておらず、日中は洗濯物と少し早めの大掃除に時間を費やした。その後はゲームや動画で時間をつぶしていたら、すっかり夜になってしまっていた。

現時刻は午後の七時半をすぎたところ。体がほどよく空腹を訴えている。

「なに食おっかなあ」

 ひとり言をつぶやきながら冷蔵庫を開ける。昨日買い物をサボったせいで調味料と牛乳くらいしか残っていなかった。作れるとしたら具なしのパスタくらいだろう。

 べつに季節行事が大好きというわけではないが、せっかくだしクリスマスっぽい夕飯にしたい。例えばチキンとか。

 ケンタ……はさすがに無理か。予約してる人がほとんどだろうから、店に行っても買えるまで何時間かかるかわかったモンじゃない。

 まあ、コンビニのチキンあたりが無難だろう。長距離を歩く必要もないし。

 行き先を決めた俺は、コートにマフラー、手袋といった防寒具を身につけ部屋を出る。財布に余裕はあるし、あればケーキも買おうか。

 鍵をかけてからエレベーターで一階に降りる。正面にあるガラス張りのドア越しに紺色の空が窺えた。

「ん?」

 ふと、エントランスの端に人影が映った。小さな体をワインレッドのコートで包んだ黒髪の少女だ。見るとエントランスキーの前で焦ったように慌てている。

 不審者にしては立ち位置が堂々としているから、おそらくは鍵を失くした住人だろう。

 可哀想に、と胸中で憐れんでいるとふと少女と目が合った。少女は俺のほうをまじまじと見つめてから、突然笑顔を浮かべて友人にするように大きく手を振ってきた。

 な、なんなんだ? 初対面なハズだと思うんだけど……。

 一応ホールを見渡してみるが俺以外に人はいない。彼女に霊的なナニカが見えていないのであれば、対象は俺なのだろう。

 どうしよう。

 しばらく悩んでいると、次第に笑顔が崩れて泣き出しそうな表情に変わっていく。その姿に良心が痛み俺はドアの前に移動する。それに反応してドアが開いた。

「やっと来てくれたー! なんでずっと放置したんですかー!」

 駆けよってきた少女は、すっかり涙声になっていた。

「お、俺だとは思ってなかったし、知らない人だったから」

「でも可愛い少女ですよ⁉」

 自分で言うか。というツッコミを吞み込んでから「で、キミは誰?」と問いかける。

水白みしろ雪季ゆきです。まだお義父さんから電話ないですか?」

「……父さんから?」

 この少女と父さんにどんな関係があるんだ。そんなタイミングで電話がかかってきた。しかも父さんからときた。

「……もしもし」

『メリークリスマス、友樹。元気にしているか』

「今年は病気になってはないから、まあ元気だと思う。ってそうじゃなくて、水白雪季って誰? 父さんとどんな関係なんだよ」

『ああ、もう到着したのか。仕事が押してなかなか電話できなくてな。単刀直入に言うと、その子はワタシの再婚相手の子どもだ。友樹からすれば妹になる。まあ、クリスマスプレゼントと思ってくれ』

「妹がクリスマスプレゼントって、それはさすがに無理があるだろ!」

 そう返すと父さんは『ハハハ!』と愉快そうに笑った。

『まあクリスマスプレゼントっていうのは半分冗談だ。雪季ちゃんが来年からそっちの高校に進学することになったから、友樹と一緒に暮らしてもらうことになったんだ』

「それなら事前に説明してくれよ」

『それはあれだよ、サプライズってやつ』

 なんとうれしくないサプライズだろうか。

『おっと、ワタシはそろそろ仕事に戻らないといけないから、あとは任せたよ』

 クリスマスディナーは送っておいたから、と言い残して通話が切れた。なんというか、嵐のような電話だった。

 ため息をついてから、俺は雪季さんのほうに向く。

「……んじゃ、とりあえず部屋入るか。ずっと外にいて寒かっただろうし」

「はい! 今日からお世話になります、友樹お兄さんっ」

「っ、お、おう。よろしく」

 慣れない呼ばれ方にむずがゆさを覚えながら返す。

「あ、お兄ちゃんのほうがよかったですか?」

「いや、やめてくれ。恥ずかしくて死にそうだ……」

 そう返すと雪季さんはおかしそうに笑った。


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