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リクルートスーツといちごみるく

ぱりっと。かっちり。白黒はっきり。
リクルートスーツを着ると、周りの酸素濃度がぐっと下がる。一番上まで留めたボタンのせいか、大げさなヒールのせいか。それとも、素肌に張り付くストッキングのせいか。とにかく、この服の上へ上へと引っ張るような性格はずっと好きになれない。

肩まで伸びた髪をひっつめ、わきまえた色のリップとアイシャドウを塗る。気づいたら昼の11時。すぐに昨日の夕飯の残りをかき込んで、ほどほどに混んだ電車に乗った。乗り換え駅の通路を小走りに通って、初めての駅で降りる。久々の東京の建物の威圧的な高さに怯む。つくづくわたしは卑怯者だ。恐る恐る、徒歩3分の道を10分かけて進んだ。目的地についてからのことは、断片的にしか覚えていない。

そのまま帰るにも気が進まず、迷わない程度に駅の周りをうろついた。小さな店の、キラキラした石のブローチに引き寄せられた。白髪のおじさんの「いらっしゃい」の声と、ほんのり体に良さそうなハーブの香り。パリッとカサついた心が、ふやけて弾力を取り戻す。何か一つ買おうにもお金がない。しかたなく、白髪のおじさんに頭を下げて店を後にした。

駅はコンクリートと金属の塊。リクルートスーツと一緒に、柔らかさも香りもない乾いた空気を纏わせる。その隅に唯一の色彩を見つける。
自動販売機。
ペットボトルの炭酸飲料よりも、缶のコーヒーよりも、紙のパックに目を奪われる。この空間で唯一の、柔らかくて優しいもの。その中で一番甘そうないちごみるくを選んで、110円を投入する。スーパーで買えば100円もしないだろうが、気にしない。この硬い空間で買うから価値がある。

リクルートスーツの白黒と、いちごみるくのピンク。赤にも白にもなれない曖昧さ。高いビルも溶かすような甘ったるさ。成長を語るついさっきの自分を笑う、後退の味。今日のわたしは、これがないと生きていけない。

いつかスーツにも慣れるかしら。電車もスマートに乗り換えて、缶コーヒー片手に出勤するようにもなっちゃうかな。でも、今はこそこそ甘えていたい。甘えた自分を可愛いねって言ってくれる人に、さらに甘えたい。とりあえずは1人でがんばるために、そんな欲をいちごみるくのパックにぶつける。

22歳、いちごみるくに感動の巻でした。ね?可愛いでしょ?

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