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さよなら、青空。(6)

美夜子が人混みに消えてからしばらく経った。
スマホを確認してみても送ったメッセージには既読すら付かなくて、流石に心配になって電話もかけてみたけれどコールが何度か鳴った後留守番電話へ繋ぐ自動音声が流れただけだった。

広場にある時計の針は7時45分を指していた。花火の打ち上げは8時からだ。
焦る気持ちに拍車を掛けるように打ち上げ花火に関するアナウンスが流れる。

あぁ、本当に何も上手くいかないな。
彼女一人で行かせるんじゃなかった。

これくらいの事予想出来たはずなのに、自分に嫌気が差す。

…よし、もう一度電話をかけよう。それでもどうにも駄目そうなら探しに行けばいい。

そう思い通話の発信ボタンを押しかけた時、背後から声がした。

「南?」

…本当に今日はついてない。厄日かもしれない。

「…田中先輩。」
「こんな所で何してんの?」
「見ての通り夏祭りを満喫中です。」
「どう見ても楽しんでなさそうだけど?」
「そんな事ないです。」
「一人?」
「まさか。」
「なーんだ、残念。」

田中先輩は部活の先輩で学年は1つ上。志鶴ほどでは無いけれど明らかに浮いている私を気にかけてくらいにはお人好し。

そんな先輩は夏の最後の大会で2回戦敗退を決めて、今は引退して受験勉強の真っ只中…らしい。
らしいと言うのも、これはチームメイトの子達が話しているのをちらっと聞いただけで、ここ半年程怪我の療養を理由に部活の方へ顔すら出していない私は部活内の事をあまり把握していなかった。

「先輩は一人なんですか?」
「いや、友達と何人かで来てたんだけど思いっきりはぐれちゃってさぁ、困ったよ。」
「お友達とはぐれたから私を埋め合わせで誘おうとしました?もしかして。」
「埋め合わせって…、そんな事しないよ。ただ、可愛い後輩が一人であたふたしてたから心配で声掛けただけ。」
「そう、ですか。」

先輩は白い歯を見せてニカッと笑う。
こういう人畜無害そうな人あたりの良さが人気の秘訣なんだろうなと思った。

「南さ、あれから部活行ってないだろ?」
「…。」

あぁ、この話題は一番この人とするのを避けたかったな。まぁでもそうだよね、分かる。

逡巡している間の沈黙は肯定と認識されたらしく、先輩が整った綺麗な眉毛を八の字に顰めて私の顔をじっと見た。その目があまりに優しくて真っ直ぐなものだから思わず視線を逸らしてしまった。

「俺は南居ないとなんか味気なくて寂しいなぁ。」
「先輩引退したんじゃないですか?」
「したよ。でもたまに練習に混ぜてもらってるんだ。毎日勉強ばっかりだと息が詰まっちゃうだろ?息抜きも大事。」
「余裕ですね。」
「それとこれとは別問題なんだなぁ、それが。」
「ならちゃんと受験生の使命を果たしてください、部活やってる場合じゃないですよ。」
「はは、手厳しいな。」
「事実を言っただけです。」
「…あのさ、俺は南は何も悪くないと思ってるよ。今更何って思うかもしんないけど。」

私の怪我の原因になったあの日の事を言っているんだろうか。先輩の言葉は時々要領を得ない時がある。私の理解力の問題かもしれないけれど。

「誰が悪いとか、そういう事じゃないんです。相手が受け入れられるかどうかの話で、私は受け入れて貰えなかった。それだけの話です。」
「そんなのは違うだろ。だって、」

言いかける先輩を前に私は首を小さく横に振った。

この人は本当に健全で当たり前の様に優しくて、どこまでいっても”普通”の人だ。ほんの少しだけ羨ましくなってしまう程に。

「先輩は優しいからそう言えるんですよ。皆が皆先輩みたいに善人じゃないんです。」

そうだ、誰も彼もが受け入れられるわけじゃない。同性が恋愛対象だという事実は、年頃の私達にはとても大きな出来事だ。小さな世界でしか生きていけないからこそ、''普通''からはみ出すなんてことは許容されない。

そんな理不尽な現実の中でいっそ消えてしまいたいと思った。その反面で、気にしたって仕方がないことも頭では十分過ぎるほど理解している。

先輩は試合で負けた時と似た顔をして、言葉を選んでは飲み込んでいるようだった。

「どうしようも無いんですよ。」

待ち人は現れないまま、私と先輩の頭上には大輪の火の花が咲いた。

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