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世界は贈与でできている【読書のきろく】

「与える前に大切なこと」が存在していると教えてくれる

この本も、出会いのきっかけはご縁のある人のSNS。noteだったか、Twitterだったか、Facebookだったか、ツールは忘れたけど読みたくなって図書館で検索したら、その時点でかなりの予約数がありました。
「いつか読める日が来たら、それがタイミング」と思って予約を入れて、順番が回ってくるまでに一年と数カ月が過ぎました。

何度かnoteにも書いたように、今は毎日書くことをやめて、好きな小説を読むのもしばらくお休みにして、別のことに取り組んでいます。
だけど、このタイミングでやって来たこの本は、今読まないといけないような気がしました。読めてよかったです。

去年読んだ本の中で印象深かった『ゆっくり、いそげ』や『うしろめたさの人類学』からの引用もあり、『贈与論』も含めて、僕にとって「贈与」を考える集大成みたいな感覚になりました。特に、与える側ではなく、受け取る側として。

本が思考の伴走者の役割を果たすとするなら、この本は「贈与」を考察するコースを走り抜けながら、沿道には僕たちが生きるこの社会の成り立ちが立ち上がり、今まで気づいていなかったことを目にしては衝撃を受け、これからどう生きたいかを考える境地に導いてくれます。そして、そこに立つと、世界の見え方が変わります。

年賀状やサンタクロースの話題があるので、最初は取っつきやすいです。共感したり、ちょっと反省したり、そうやって大人になるのかなと思ってみたり。
有名な映画『ペイ・フォワード』についても、かなり深い考察があります。僕は、最後の場面が衝撃的すぎて苦手に感じていた時期もありますが、その結末になった理由として提示されているものが興味深くて、また映画を観たい気持ちになっています。

一番心に残り、頭の中に何度も繰り返し浮かんでいる言葉は、「アンサング・ヒーロー」。歌われざる英雄(unsung hero)という表現で、その功績が顕彰されない影の功労者のことを指します。
地域の人たちとの関わりの中で感じていたことが、そこに集約されていました。

僕たちが生きている社会の、毎日何事もなく暮らしている生活は、それが当たり前だといえるだろうか?
そんな問いに向き合って、いろんな場面に想像を働かせると、実は非常に不安定な要素の上に成り立っていることに気づきます。ライフラインは、どこかが急に遮断されたら、たちまち混乱が発生します。子どもたちが行き来する通学路だって、実は大惨事と隣り合わせ。
だけど、ほとんどの場合、誰かのおかげで守られているから、その災厄が起きない。そして、日々の安定は維持されていて、それが当たり前とも思わずに生きています。守ってくれている誰かがいることも、考えることはない。

そんな「誰か」が、アンサング・ヒーローです。

 アンサング・ヒーローは自分が差し出す贈与が気づかれなくても構わないと思うことができる。それどころか、気づかれないままであってほしいとさえ思っているのです。
 なぜなら、受取人がそれが贈与だと気づかないということは、社会が平和であることの何よりの証拠だからです。自身の贈与によって災厄を未然に防げたからこそ、受取人がそれに気づかないのです。
 アンサング・ヒーローは、自身の贈与が一切気づかれないことを望んでいる。
 気づかれないことが、自分の贈与が向こう側に届いたことの何よりの証拠となるのです。
 だから、僕らが気づいていないだけで、この社会には無数のアンサング・ヒーローが存在しているのです。

>『世界は贈与でできている』p.213より引用

いかがでしょうか。
少しだけ目を閉じて、身の周りのことに想いを馳せてみたら、ヒーローの存在が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

アンサング・ヒーローは、想像力を持つ人にしか見えないそうです。

本文中では、与えることの危うさにも触れられています。「誰かのために」と言いながら、心の奥に潜む「相手が喜ぶを見ることによって自分が満足したい」という気持ちが強くなったら、それは見返りを求める行為になりかねません。そうなると、相手が思ったような反応をしなかった場合に、怒りや反発が生まれてしまいます。すごく難しいコミュニケーションです。

理想は、「自分がアンサング・ヒーローのようになる」と言いたいところだけど、それよりもまずは、「自分の周りにすでに存在している、アンサング・ヒーローに気づく」こと。
アンサング・ヒーローに気づいた人だけが、アンサング・ヒーローになれるそうです。

つまり、健全に受け取った人だけが、与える人になれる。

すぐには気づけなかったとしても、今の社会で生きているという時点で、すでに僕たちは受け取っている。
そうつぶやき続けることも、大切なのかもしれません。

だから贈与は与え合うのではなく、受け取り合うのです。
>『世界は贈与でできている』p.237より引用

読み進めながら、どんどんタイトルに近づいていく感覚。
誰かと語り合いたくなる一冊です。

読書のきろく 2022年2冊目
『世界は贈与でできている -資本主義の「すきま」を埋める倫理学』
#近内悠太
#NewsPicksパブリッシング

#読書のきろく2022

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