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鳩が舞い降りた駅

チャリンでも、ハラリでもなく、ドサリ。

お金がそんな音を立てて地面に落ちた瞬間を見たのは、生まれて初めてだ。

10枚や20枚では、作れない厚さだった。「あ、100万円」、とっさにそう思ったのは、駅に向かうバスの前から5列目か6列目の座席で読んでいた小説のせいだろう。ちょうど、偽札騒動に巻き込まれた主人公が、消えた一万円札101枚に思いを巡らす場面になった直後だったから。
まさかその物語から現実世界に札束が飛び出してきたのか、それともまだ小説の世界にいるのか、一瞬頭が混乱した。

きっと、もうこの先で、目の前に札束が落ちるのを見ることはない。

場所は、博多駅の筑紫口。ローソンの前のバス停で降り、スターバックスの前を通って、正面にある駅の建物に向かう。右手には、真っ白いスーツに白髪のカーネルおじさんが、胸の前で道行く人に手を差し伸べる姿で立っている。その老紳士と対照的な、真っ黒いTシャツとズボンに身を包んだ、体格のいい外国人が駅の入り口にいた。カーネルおじさんの太ももくらいはありそうな腕と言ったら、筋肉の付き具合が伝わるだろうか。Tシャツは、はちきれんばかりだった。

電話の着信音が鳴った。その筋肉質の男性がポケットからスマホを取り出し、「Hello」だったか、「Hi」だったか、電話の相手に第一声を伝えたのと、「ドサリ」とがちょうど同じタイミングだった。スマホと一緒に、ポケットに突っ込んでいたに違いない。立派な鳥が描かれた日本銀行券が、かなりの枚数ある。バラバラにならないよう、輪ゴムが何重にもかけられていた。男性は、話に夢中なのか、札束に気づく様子がない。

さっと動いたのは、僕の前を歩いていた女性だった。輪ゴムがかけられた札束を拾い、真っ黒いTシャツに包まれたムキムキの肩を軽く叩くと、落とし物をそっと差し出した。「Oh!Thank you!」確かにそう言ったように聞こえた。女性は笑顔で会釈をして、颯爽と通り過ぎた。右隣を歩いていたカップルの女性の方が「おおごとでしたね」と小声で話しかけ、目であいさつを交わしてお互いにぺこりと頭を下げた。

これが小説なら、「Oh!Thank you!」のあとにハグでもして、何かの物語が始まるのだろうか。

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