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「生きててほしかった」と言われない彼のために

どうして被害者の死を、誰も悲しまないのだろう。

先日、元農水省事務次官による長男刺殺事件の裁判のニュースを耳にしたとき、そう思った。

父親に母親、裁判に出てきた参考人たち、そして赤の他人の野次馬たち。誰の口からも「彼に生きててほしかった」とか「彼が生きていれば」みたいな声を聞かないのだ。加害者である父親は弔いの言葉を口にしていたようだけれど、そこに「息子が生きていれば」といった気持ちはあまり感じられない。

つまり誰一人として、長男に「生きていてほしかった」と願っていないということなんだろうか。それどころか、彼を「殺されても仕方なかった」って思ってないか?

「だって長男は、被害者でありながら加害者でもあったんだから」

わかる。DV息子だったこともわかっているし、大人になってから発達障害が判明したこともわかっている。彼が一因となり、妹さんが自殺してしまったことも。そして、母親が精神疾患を抱えていることも。

しかしね、長男がDVに走った原因とか、彼がなぜドロップアウト的な人生を歩まざるを得なかったのかが、あまりにも語られなさ過ぎだと思う。しかも、「発達障害=DV」みたいな図式で語られていたりもするので、発達障害の息子を持つ私としては心がザワザワしてしまう。

事件発生直後には、長男のDVの原因についての報道がわずかばかりだけれどあった。確か、中学時代に成績が振るわなかったことで、母親にプラモデルを壊されたのがきっかけじゃなかったかな?

これがもし本当だとしたら、子育てで一番やっちゃダメなことです。子育てだけじゃなく、人間関係全般でもっとも避けるべきことを、母親がやってしまったのね。「だからDVに走るのは当然」とまでは思わないけれど、ここらへんの状況を理解しないと、長男のDVは解消されなかった気がするので。

しかもそのことについて、裁判で語られなかったのはなぜだろう。裁判で不利になる情報だから? それとも、プラモデルを壊したのが精神疾患のある母親だから? それに、実際に壊したのは母親かもしれないけど、それって本当に彼女の意思によるものだったのだろうか。

裁判の記録を読む限り、父親は長男のためにいろいろとしてきたことがわかる。しかし、その「してきたこと」の羅列を見ると、長男を「自分の息子としてふさわしい、ひとかどの社会人」にするためのものだったように思える。

簡単にいうと、父親が良かれと思ってやってたことは、長男への「良かれ」じゃなく、自分の「良かれ」になっちゃっているというか。長男のための父親の行動の主役が、長男じゃなく父親自身になってしまっていたというか。

もし人生にレベルがあるとしたら、「東大卒で農水省の元事務次官」だったこの父親は、確実に高レベルの人生を歩んでますよ。10段階だったら7から8ぐらいのレベル。でも、息子さんはそうじゃない。仕事もせず、独り暮らしのときにゴミ捨てもままならなかった人の人生レベルは、1でも0でもなく、下手したらマイナスです。

そんな人を、わざわざ「ひとかどの社会人」になんてしなくていいんですよ。毎日、同じ時間に起きて、自分の身の回りのことを最低限できれば十分。そんな人生レベル1を目指す「当たり前」のことをさせようとした気配がないのが、同じ発達障害の子の親としてすごーーーーーく気になります。

あと、父親は自分の死後も長男が経済的に困らないようにと、不動産収入を得られる手配をしていたというけれど、「そこじゃないんだよなー」という気分になる。確かに長男はネットゲームなどで金遣いが荒かったようだけれど、彼が本当に望んでいた支援は金銭以外のところにあったと思う。

「(息子は)『殺すぞ』以外は言葉を発しなかった。本当に殺されると思いました」

被告の父親のこの言葉がテレビのニュースで流れたとき、被害者と同様に発達障害者である我が家の息子がポツリと言っていた。

「本当は『殺すぞ』じゃなく、他のことを言いたかったんじゃない?」

たぶんそうだよね。だけど、すでに疲弊した父親には、「殺すぞ」はそのままの意味でしか伝わらなかったのだ。

いや、違うかな。きっとこれまでも、長男はいろいろなサインを出していたんじゃないかな。だけど両親になかなか伝わらないから、暴力や過激な言葉で訴えざるを得なかったような気もするんだ。

 事件1週間前に実家に戻り、その日は家族3人で穏やかに過ごした。しかし翌日、英一郎さんは泣きながら「お父さんはいいよね。東大出てて何でも自由になって。私の44年の人生は何だったんだろう」と語ったという。(産経新聞記事からの引用)

私はこの長男の言葉に、胸がぎゅーっと締め付けられてしまった。だってこれ、救いを求める魂の叫びですよ。「自分は父のように優秀でもなければ立派でもない。でも、44年間ふつうに生きたかった」って言ってるんですよ! 誰か気づいてあげてよー!

でも、この断末魔ともいえる叫びは、ご両親には届かなかったんだろう。そう思うと、ひたすらつらい。

とりあえず私は、彼に「生きててほしかった」と言ってあげたい。もっと正確にいえば、「あなたの人生がたとえレベル1だったとしても、父親のものではなく、自分のものとして確立されるまで、生きててほしかった」と。


※(12/21追記)長男が中学時代に壊されたものがゲーム機ではなく、プラモデルだったとのご指摘がありましたので、訂正しました。

※(12/24追記)このnote内で、3点の漫画の画像をクレジット表記なしで挿入しておりました。画像については削除させていただいております。大変申し訳ありませんでした。

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