見出し画像

81歳のいばら姫と呪いの話

新年早々に何ですが、「呪い」ってあるじゃないですか。

藁人形のようなクラシックなものや、ゲームに出てくる呪文的なものじゃなく、「母の言葉が呪いになって」とか「友達に言われた一言が呪いみたいで」とかのほうです。

人に言われた言葉が心に残り続け、言動が制限されたり、幸せになることを放棄したくなってしまうという、最近よく言われているほうの「呪い」です。

先日、NHKの『あさイチ』でも、母親から言われた「あんたは幸せになれない」という言葉が呪いのように刺さっているという女性からの投稿があり、その呪いを博多大吉さんが解いたことが話題にもなっていました。

NHKあさイチで視聴者が母に言われた「あんたは幸せになれない」との呪いの言葉を博多大吉さんが解いた - Togetter

そして私の目の前にも、まさに呪いにかかっている人がいます。我が母・アッキー、81歳です。

アッキーに呪いをかけたのは、アッキーの姉であるユッキーです。

ユッキーはフランス人形のような顔立ちをしていて、小さい頃から隣町まで名前が轟くほどの美人だったそうです。勉強もできたので、学校の先生が褒めないことはなかった、と母はよく言っていました。

しかし、このユッキーは恐ろしいほどの嘘つきだったのです。『ノルウェイの森』に出てくる嘘つきな女の子のように、とにかく嘘をつきまくる。その嘘が自分にメリットがあろうとなかろうと、見境がないんです。

いわゆる「虚言癖」のある人なんでしょうが、彼女が美人で学業優秀だったこともあり、多くの人はユッキーの言うことを信じたそうです。

そしてこのユッキーの嘘による大きな被害を、幼い頃から被っていたのが、我が母アッキーです。ユッキーにあることないこと、いろいろと嘘をつかれ、きょうだい全員を敵に回したこともありました。

アッキーは、ユッキーにされたことをよく私に話していました。

学校の先生に嘘をつかれていじめられたこと。
嘘の告げ口をされて父親にぶん殴られたこと。
就職先に自分の嘘の悪口を言われて、クビになりそうになったこと。
金遣いの荒いユッキーの借金返済を待ってもらえるように、代わりに頭を下げに行ったこと。

……などなど。

ひどい話です。こんなことをされたら、人間不信にもなりかねません。

しかしこれは、私としては結構うんざりな話題でした。週に一度はこれらの話を聞かされていたからです。母にどんなに辛い心情を訴えられても、「それ、もう5000回は聞いたけど」みたいな気持ちにしかなりません。

確かに被害者は母だし、ユッキーにされたことはひどいことばかりだけれど、ここまで何度もくり返し話していては、母が自分で恨みを増やしているだけとしか思えませんでした。

そのうえ、母は不都合なことがあると、「姉にひどいことをされたせいで、こうなった」「これは姉のせい。本当の私はこんな人間じゃなかった」とユッキーに責任転嫁することが少なくなかったのです。

……うーん。これぞまさに「呪い」ってヤツじゃないでしょうか。幼い頃からかけられていた呪いが、81歳になっても解けない。重症です。

すると昨年末、ユッキーが亡くなったとの知らせが飛び込んできました。享年91歳。老人ホームに入ってからも、嘘ばかりついて介護職員を困らせていたと聞いていたユッキーが、とうとう大往生です。

「これは母の呪いが解けるきっかけになるんじゃない?」

そう思っていたことが、私にもありました。
だって、呪いをかけた張本人が死んだのですから。

しかし、母の呪いが解ける様子はありませんでした。

我が母アッキーは、ユッキーの死の一報が届いて以来、私にはもちろん、親戚や知り合いに電話をかけては、自分がユッキーにされたことを毎日話しまくっているのです。

……同じじゃん! ユッキーの生前と変わんないじゃん! 一緒じゃん!

せっかく呪いをかけた魔女が死んだんだから、いばら姫はいい加減目覚めないと! 81歳のババアには王子様なんて来ないよ!

ユッキーが死のうと死ぬまいと、母がやっているのは、自分にかけられた「呪い」を、復習(not復讐)のように毎日口に出すことです。こんな調子では、呪いが解けるはずも消えるはずもありません。かえって呪いが強化されるだけでしょう。だって、自分で自分にくり返し呪いの言葉を刷り込んでいるようなものですから。

結局、呪いをかけた相手が死のうとも、呪いは解けないんです。かけられた本人が覚えている限りは。だから呪いを解くには、その呪いを忘れるか、思い出さないか、その二択しかない気がするんです。

呪いを仕掛けた相手を許す必要もないし、恨んでもいい。でも、呪いは忘れたほうがいい。復讐とかも考えなくていい。とにかく呪いをシカトするしかない。

81歳のいばら姫である我が母アッキーを見ていると、なんとなくですがそう思うのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?