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野村沙知代さんと「振り子の理論」

「あのおっさんは、いいところも悪いところもたくさんあるから、いろんなことを学べばいい」

かつてこう話していたのは、プロ野球史上最高のサウスポーであり、「江夏の21球」でもおなじみの江夏豊さん。そして江夏さんがこれを話していた相手は、楽天イーグルスに入団したばかりの「マー君」こと田中将大投手だった。

……で、江夏さんの言葉に出てくる「おっさん」が誰かというと、当時楽天イーグルスの監督だった野村克也さん(ノムさん)のことだ。このときに江夏さんが話していることは、ビートたけしさんが言うところの「振り子の理論」に近いと思う。

振り子が±0の所にあり+(プラス)に“暴力”、-(マイナス)に“愛”があるとしたら、+10の暴力は10の愛になるポテンシャルエネルギーがある

いいところが10あれば、悪いところも10ある。100なら100、1000なら1000……と、振り幅に合わせていい部分も悪い部分も大きくなる。それを江夏さんはノムさんのこととしてマー君に話していたけれど、先日亡くなったノムさんの奥様・野村沙知代さんもそんな人だったんじゃないかと思う。

あのミッチーサッチー騒動が起こっていた頃、私が働いていた店にやってきたお客様が、こんなことを言っていた。

「私、サッチーってすごいと思うの。だって、あれだけテレビで悪口を言われたら、普通の人だったら外に出てこられないでしょ。でも、サッチーは堂々と出てきてるじゃない? しかも弁解もしないし、お情けも求めてないもの」

確かにそうだな、と思った。いろんな人から悪口を言われまくっていたのに、沙知代さんは怯んでなんかいなかった。言い訳もしていなかった。「みんなが言ってることは確かに事実よ。でも、それの何が悪いの?」って感じで。

当時、新卒で入社した会社で露骨ないじめに遭い、退職したばかりで落ち込み気味だった私には、あの堂々とした(しかもかなり図々しい)沙知代さんの姿が「すげぇ人」というイメージとしてこびりついた。そして、「どうしてあんなにいじめられたんだろう」と悩んでいた気持ちが、「いじめられても、堂々としてていいんだよな」とふわっと軽くなったのを覚えている。

いま考えると、沙知代さんは端から「人に好かれよう」という気持ちをもっていない人だったんだろう。だから平気で人に迷惑をかけて、それを何とも思ってなかったのかもしれない。そして、周りから「あなたのここが悪い」「お前は最低だ」などと言われても、反省や委縮なんてするはずもなく、ケロッとした表情で「金持ち喧嘩せず」という言葉を口にできていたんだと思う。

人に好かれようと思わない代わりに、人には迷惑をかける――なんだかとんでもない「振り子の理論」だけど、そんな彼女の姿に救われた人もいるんじゃないだろうか。あのときの私のように。

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