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クリエイターとして観るスタジオジブリ「君たちはどう生きるか」

観た直後は、強烈なアート作品を観た後のような感覚にも近く言葉にならなかった感情が、しばらく時間が経ってなんとなく言葉になってきたのでメモ。

(ネタバレになると思うから観てない人は注意)

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具体的な内容や描写についてってよりは、
この作品がこの世に存在する。っていう現象としてのおもしろさがあると感じてる。

これは観た人が、どちらの立ち位置から観るかによって感想が分かれる作品だと思ったからだ。

便宜的に大雑把な分類をすると、この世界は、

  • クリエイター

  • クリエイターでない人

で分類できると思う。

その分類で言うと自分は、図らずもモノづくりし続けてきたし、いまはありがたいことにデザイナーって肩書きで活動できてるので、クリエイター側のマインドが強い状態で作品に触れることができた。

けど、クリエイター側じゃない立ち位置から観ると、やれ過去作品のオマージュだとか、この描写にはこんな意図が含まれてるはずだとか、数字の意味合いとか、商業的にああだこうだとか、氏の生い立ちや背景がどうだとか、(言葉にできない)クリエイティブの感覚を理解しようとするために、分析や考察をしてしまう人が多いんじゃないかって感じた。(自分はジブリ作品について、全然愛着ないしちゃんと観てきていないから知らないけど)オマージュも多かったとも聞く。
でも、それはこの作品においては、わりと的外れな捉え方なんじゃないかって個人的には考えたりしてる。この作品は、クリエイティブをしたことのある人にしか共感できないクリエイターの立ち位置から観ると強く突き付けてくるモノがあるからだ。

それは、分析や考察から導かれる具体的なモノではなく、タイトル通り「君たちはどう生きるか。」っていう命題が、クリエイター宮崎駿の手によって再解釈されてビジュアル表現に落とし込まれ、感覚的に突き付けられてくる部分から感じ取ることができる。

自分の場合、物語が進む中でクリエイティブしてる瞬間の「それ」を何度かアハ体験のように感じる場面があった。

クリエイティブをしている瞬間というのは、かなり感覚的なところで、うまく言葉にならないんだけど、想像や妄想を膨らませたりイメージの発散をしているときの「広がる感覚」や、広がった中の部分を集めて「凝固する感覚」みたいなことの連続が頭の中で起こっている。

本作ではまさにそのクリエイターの発散や収束みたいな感覚的なところが、映像として表現されていると感じた。そのくらい描写の切り替えが散文的で、夢の中にいるような大胆な切り替えが行われてるシーン展開が多かった。
アイデアに煮詰まった時、ある一つのブレイクスルーからアイデアが新しい方向に発散していく感覚や、それを具体的な形として収束させていく、といったようなモノづくりの感覚がある人にはわかってもらえるんじゃないかと思う。

だからか観ていて、アハ体験みたいな妙な感覚になる瞬間が何度かあった。初めて観るのに言葉じゃないところで、(あ〜!なんかわかる気がする。)みたいな奇妙な感覚。

この感覚を踏まえて、個人的に観終わった後言葉にならない感覚が残ったし、この作品は感想が分かれると思った。
そして、クリエイターの立ち位置から観たときに、80歳のジジイがこんな表現を出してきたという事実に対して、クリエイターとして(俺はまだまだクリエイティブできる。これを観て)「君たちはどう生きるか」という問いかけを、強く突き付けられたような気がした。

そんな作品でした。

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