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脳の記憶の仕組みと成長サイクルを理解してデザイン能力をハックする

この記事は Goodpatch Design Advent Calendar 2020 14日目の記事です。

はじめに

この記事は、デザイン能力を高めるための考え方を「脳の記憶」と「成長プロセス」という観点から、自分の経験則や独自の解釈によって仮説を立て、試行錯誤しながら実践している内容の一部を抜粋したものになります。

考えることが好きなため一見小難しく見えますが、お付き合いいただけますと幸いです。また、こんな観点もあるよ。といったご指摘もいただけたら嬉しく思います。

第一章では、脳が情報を記憶する仕組みについて理解を深めていきます。

第二章では、ダイナミックスキル理論を参照しながら、人の能力の成長プロセスについての理解を深めていきます。

第三章では、一章と二章を踏まえて、個人的な独自解釈によるデザイン能力向上のための記憶の分類を行い、それぞれの分類の中で必要な訓練(インプットとアウトプット)方法について考えてみます。

第一章:記憶とはなにか

人間は、脳に情報を記憶として保存するという機能を持っています。その脳の機能によって、時間が経ってもいつでも情報を検索することができ、情報を再生できる状態を作ることができます。

そしてこの情報を再生できる状態とは、ある能力を発揮することである。と言い換えることもできるのではないかと考えています。

記憶は、大きくは長期記憶と短期記憶というもので分類されていて、それぞれ、下記のように説明できます。

短期記憶は、大人では大体8桁くらいの数字を覚えることのできる記憶能力のことを指します。数字の代わりに単語や他のものを用いても、一度聞いたり見たりしただけで正しく復唱できる項目数は、ほぼ同じで7±2項目であるといいます。
短期記憶は、情報を頭のなかで何回も繰り返し唱えていないと、保持が困難になって20秒以内に忘却されてしまうような状態の記憶です。

長期記憶は、カナダの心理学者タルビングの記憶理論によって下記のように詳細化されています。

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(引用元:「脳と記憶 その心理学と生理学」)

宣言的記憶は、意識的に想起されるエピソードや事実など、私たちが通常の意味で「記憶」と呼んでいるものです。知識や考え方、人との関係性や言語にまつわる記憶も、この宣言的記憶に相当します。脳の領域的には海馬に保存されます。

これに対して手続き的記憶は、健忘患者でも損なわれない運動技能やゲームのルール、あるいはパズルの解決法などのように、はっきりと意識にはのぼらないが、一度覚えたらなかなか忘れない記憶のことを指します。歩行のための基本動作、自転車に乗る、スポーツのフォームなどは手続き的記憶です。こちらは小脳に保存されます。

検証実験については割愛しますが、実験の結果よりこれらの記憶を思い出そうとするときに、それぞれ別の脳の領域(海馬か小脳か)が活性化することがわかっています。つまり、この実験の結果より記憶は、一つの領域にまとまって保存されているのではなく、情報の種類によって脳のなかで分散して保存されているということが理解できます(健忘者でも運動能力などは失われないということからもそれがわかります)。

またここでひとつ、記憶の保存のヒントとなる体制化についても説明しておきたいです。

覚える(記銘する)材料を論理的な枠組みに組み込んだり、記銘する材料を組み込める何らかの論理的枠組みを作り出すことを、心理学の専門用語で「体制化」といいます。一般に、体制化された情報は再生が容易なものとなっています。記憶術といわれるものも、情報を体制化する技術にほかならないわけです。記憶の保存と再生の具体的な行為の体制化の例を下記に引用します。

ある実験で、リストにある単語がカテゴリーに分類できるときは、被験者は同じカテゴリーに属する単語を一まとめにして再生する傾向(カテゴリー化)を示す。たとえば、「馬、ジョージ、教師、羊、医者、シルビア、・・・」というリストを覚えさせると、再生時に「馬、羊」、「ジョージ、シルビア」「教師、医者」というように再生するのである。無関連な単語のリストの再生成績より、カテゴリーの単語から構成された再生成績のほうがずっとよいことが知られている。

このことは、カテゴリーによって再生の際に検索がしやすいためと言われている。

 第一章まとめ

ここまで、脳の持つ機能である「記憶」について理解を深めてきましたが、一旦整理をしてみたいと思います。

・記憶は、宣言的記憶(事実やエピソードなどを覚える)と手続き的記憶(運動技能、やり方やルールを覚える)の2つに分類することができる
・記憶は、脳のなかでもそれぞれ別領域に保存されている

ここで大事なことは、人間の脳は「知識の記憶」と「身体運動の記憶」を、脳のなかでそれぞれ別領域に記憶として保存しているということです。

参考書籍:脳と記憶―その心理学と生理学


第二章:成長とはなにか

ここでは、成人発達理論(ダイナミックスキル理論)を参照しながら、人の能力が「成長する」とはどういうことか理解を深めていきたいと思います。

今回参考にした書籍では、成長を「人間としての器の成長」と「具体的な能力(スキル)の成長」の2つあることが定義されており、全人格的に成長するとは、相互に影響し合うこの2つの成長が掛け合わさったときに実現されるとされています。そして、その成長のプロセスがダイナミックスキル理論という考え方で定義されています。

ダイナミックスキル理論は、私たちの能力がどのようなプロセスとメカニズムで成長していくのかを説明してくれるものです。そしてその根幹には、「私たちの能力は、多様な要因によって影響を受けながら、ダイナミックに成長していくものである」という考え方があります。

書籍のなかで紹介されている例を紹介します。

「文章を書く能力」というのは、「文章を読む」能力と密接に関係し合っており、お互いがお互いを補完し合いながら、2つの能力は成長していくと考えられます。それに加えて、1つの能力にはさらに細かな多様な能力が含まれているという点も重要な特長です。

例えば、文章を読む力には「文法を理解する力」「漢字の意味を掴む力」など、それらの小さな能力が含まれています。そして、それらの小さな能力が高まることによって、全体としての文章を読む力が高まり、それが文章を書く力にも影響を与えることになります。

こうした特性を考慮して、元ハーバード大学教育大学院教授のカート・フィッシャーは「能力の成長のプロセスは、『網の目』のようなものである」と指摘しています。

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(引用元:「成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法」)

そもそも、私たちの能力は、個別具体的な実践を取り組むことでしか向上していかない。という特徴を持っています。
そのため、漠然とした意識で〇〇の能力の開発に取り組むのではなく、状況と課題を考慮して〇〇能力を構成するサブ能力を特定していくことが最初に求められます。

サブ能力を特定することができれば、そのサブ能力からは、取り組むべき個別具体的な実践が見えてきます。そうした実践を行うことによって、徐々にサブ能力が向上していき、サブ能力同士が掛け合わさるなどの相互作用をもたらすようになり、結果的に全体として〇〇の能力が上がっていたということが起こるとされています。

また、成長には、時間軸があり、それぞれ下記のように分類されます。

・年単位を基準とした成長
・月単位や数週間単位を基準とした成長
・日単位、あるいは時間・分・秒単位を基準とした成長

当たり前ですが、年単位の成長が起こるためには、日単位、時間・分・秒単位の積み重ねが必要です。つまり、日々の過ごし方が、年単位の成長に影響を与えるということでもあります。


能力の成長プロセス

能力の成長プロセスは、フラクタル構造を持つとされており、一つの法則性に基づいて成長していくということが解明されています。

その法則性とは、「点・線・面・立体」の成長サイクルです。

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(引用元:「成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法」)

点→線→面→立体。その立体が再び一つの点になり新たな線へ...。というサイクルで成長する様子は、まさに部分と全体が同じ形であるというフラクタル構造となっています。

この「点・線・面・立体」の成長サイクルを理解することは重要なので、書籍でも紹介されている例を2つ挙げておきます。

具体的な知識の例です。

例えば、数学力を例にとると、算数を習いたての頃は、最初は数字を「点」として捉え、「7」という数字は、物が7つあることを認識するところからスタートします。

その次のプロセスでは、数字を「線」として扱えるようになります。ここでは、「7」という数字と「3」という数字を足し合わせることができるようになります。その次のプロセスに到達すると、数を「面」として扱えることができるようになります。ここでようやく、数を掛け合わせたり割ったりすることができるようになります。

そして、最後のプロセスとして、数を「立体」として扱えることができるようになります。最後の立体の段階に到達すれば、四則演算を自由に行えるような力が獲得されることになります。

こちらは、自分と他者の関係性の例です。

思考が自分にしか及ばない「点」状態から、相手の気持ちや考えを理解し始め、自分の視点と相手の視点を取れるようになっていくという「線」の状態に至ります。

そこからさらに、自分や他者が置かれている状況を踏まえて、自分と他者の気持ちの様々なパターンを考えていく、というように複数の線が徐々に「面」になっていきます。

これを特定の人だけではなく、その他の様々な人に対しても行えるようになってくるのが、まさに複数の面が「立体」になっていく、ということなのです。

このように人の能力は、「点・線・面・立体」の成長サイクルを経て発展していくことがわかっています。

 第二章まとめ

プロセスという観点から、人の能力の成長について理解を深めました。様々なサブ能力が相互に作用しながら、その総体となる能力が向上していきます。そして、成長サイクルの構造はフラクタルであるということでした。

・能力は多様な要因によって影響を受けながらダイナミックに成長していく
・習得したいと考える能力は、サブ能力に分解して考えることができる
・サブ能力を使った個別具体的な実践の掛け合わせが能力を向上させる
・能力の成長プロセスは、「点・線・面・立体」の成長サイクルを持っており、このサイクルが繰り返されることによって強い能力に発展していく

ある能力はサブ能力に分解可能で、それぞれの能力は「点・線・面・立体」の成長サイクルで向上していくということがわかりました。

ここまでで、「記憶」と「成長プロセス」について理解を深めることができたと思います。次の章では、デザイン能力獲得のために行うことを、「記憶」と「成長プロセス」いう観点をベースにして展開をしてみます。

参考書籍:成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法


第三章:デザイン能力習得のための記憶の分類

デザイン能力を伸ばしていく時、デザイン能力サブ能力に分解することができると考えられます。

デザイン能力 = サブ能力① × サブ能力② × サブ能力③ ...

そして、デザイン能力を分解して必要となるサブ能力は、主に下記の3つの基本があるのではないかと考えています。

サブ能力①:
視覚情報の記憶(パターン認識)

サブ能力②:
言語情報の記憶(デザインの言語化)

サブ能力③:
運動情報の記憶(手指を動かす身体行為)

このそれぞれの情報を記憶として定着するために、各サブ能力の具体的な実践(インプット作業とアウトプット作業)を繰り返すことで情報が脳の中に記憶として保存され、情報(記憶)の再生効率が徐々に上がっていきます。そしてそれはつまり、サブ能力が強化されることであり、向上したサブ能力が影響し合った結果、その総体であるデザイン能力が向上する。と考えられます。

サブ能力である、各記憶の具体的な内容について考えていきます。

(各々の考え方があると思うし、あくまで自分の経験則から考えてみたもので、網羅できていない部分や、解像度の低い部分もかなりあるかと思います。)

 ①視覚情報(パターン認識)

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デザインという行為を行う時、人は頭のなかで、膨大な視覚情報(パターン)を参照して、必要な情報を組み合わせて表現をすると考えています。

例えば、Pinterestを開いて膨大な表現のパターンから必要なイメージを集め、自分の作り上げたい表現のために、集めたイメージの中から特徴的な部分を借りてきます。また、膨大な参考資料(デザイン書)を開いて、参考になりそうなイメージをピックアップしてくる。という行為を行うと思います。

この視覚情報のパターン数が増えれば増えるほど、それは表現の引き出しが増えることを意味し、それがカテゴリ(特定の業界ドメイン)を問わなかったり、言語や文化を越えて増えていくと、それ自体が、その人の表現パターンの特性として現れ、表現者としての作家性が発生する一つの要因になっているのではないか。と考えています。

必要な具体的なインプットとアウトプット
インプット
・積極的に外の世界(自分の関わるドメインの外側)を知りに行く
アウトプット
・UI表現、コラージュ、といった自分の持つパターンを組み合わせて表現する行為を行う

ではないかと考えています。

 ②言語情報(デザインの言語化)

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デザインボキャブラリー(参考書籍:デザインの授業)という言葉があります。僕はこの言葉のことをデザインや表現されたものの良し悪しを、(自分の基準でいいので)言語化する能力のことだと理解しています。

例えば、ある対象に意見を述べる時に、なんかこれ良さそう。なんかこれ違う気がする。という解像度の言葉ではなく、

これは体験(UX)の観点で〇〇を達成できそうだから良さそう。
これはユーザビリティの観点で〇〇となりそうだから今回は適していないと考えられる。
このカラー使いは、〇〇なのでブランディングの観点で避けたい。

と言ったように、なにか特定の観点(専門性)を切り口にして適切に言語化することだとも考えています。

デザイン能力 = サブ能力① × サブ能力② × サブ能力③ × 専門的サブ能力① × ...

ただし、この観点(専門性)というのは時に厄介だとも思っていて、この観点というやつもサブ能力の一つだと思うのですが、自分が一体どの観点を持つことに強みを持つのかというのは、整理されている情報をあまり見たことはなく、闇雲にいろいろな観点の専門的サブ能力習得に手を出した結果、成長が鈍化してしまうことは注意したいです。(漠然と不安だからいろんな専門分野に手を出してしまうなど。)

必要な具体的なインプットとアウトプット
インプット
・基礎的なデザインの観点(レイアウトの組み方や考え方など)
・総体のデザイン能力向上に合わせて掛け合わせるサブ能力(専門性)
・上級者からのフィードバックをたくさんもらって、言語化の観点を増やす
アウトプット
・対象を決めたらとにかく自分の感じる良し悪しのすべてを言葉にする

 ③運動情報(手指を動かす行為)

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知識習得に関する話題のとき、身体の運動情報に関して触れられた情報は、個人的にあまりないと感じていたので付け加えてみたいと思いました。

これは誰でもそうですが、基本的に、人間は脳で考えたことを表現するために手(身体)を使う必要があります。それはつまり身体運動のことで、当然アウトプットの作業効率にも関わってくる重要な情報であり記憶です。

わかりやすい例で言えば、習字という行為を行う時、お手本となる文字を透過した状態で何度も何度も同じ文字をなぞりながら書いて、お手本に近づけるように書くという身体行為を行います。

その時に得られている情報と保存されている記憶は、お手本という視覚情報(パターン)と、手指の微細な力の掛け具合、もしくは抜き具合という身体情報の記憶です。

習字能力 = お手本の視覚情報 × 手指の力の掛け具合と抜き具合の身体情報

これは一つの能力を習得するために、目で見て覚える視覚情報の定着と、身体情報の定着を同時に行っていると言えます。

また別の例としてソフトウェア領域で言えば、UIデザインツールのショートカットを覚えるという行為は、単純にショートカットキーの英字の組み合わせを記憶しているだけではなく、ショートカットキーを打鍵する指の動きという身体情報も記憶しているということになります。

UIデザインツールの操作効率向上 = ショートカットキーの知識 + ショートカットキーを打鍵する指の動きの身体情報

この2つが組み合わさって、UIデザインツールが効率的に使えるようになっていくと考えられます。

必要な具体的なインプットとアウトプット
・UIトレースなどを繰り返す。場合によっては同じ作業を反復して繰り返す。

このサブ能力の向上に関しては、数をこなすしかないと言えると考えています。工夫できる観点として、作業中のデザインデータのうまい整理方法やコンポーネント化の方法があると考えられますが、デザイン能力の習得には鍛錬が必要と言われるのはこのあたりの身体性の記憶の定着も含まれているからなのではないかと考えられます。

 サブ能力の総体としてのデザイン能力

・①視覚情報の記憶(パターン認識)
・②言語情報の記憶(デザインの言語化)
・③運動情報の記憶(手指を動かす行為)

これら3つのサブ能力(記憶)が、「日→月→年」という時間経過を辿っていく過程で影響し合ったり結合を繰り返して、徐々にブレンドされた結果が脳内に蓄積していき、総体としてのデザイン能力は向上していくと考えられます。

ポイントは、デザイン能力とは、いずれかのパラメータが独立して向上していくわけではなく、サブ能力が相互に関係し合いながら総体であるデザイン能力が向上していくという点にあるのではないかと思います。

いずれかのサブ能力(情報(記憶)の再生効率)が向上すると、それに伴って別の情報の再生効率や記憶の定着が進むような現象が起きる。まさにこれが、ダイナミックに成長していくということではないでしょうか。

例えば、デザイナーとしてよく感じることに、まだまだ自分は手を動かすのが遅いな。と感じる場面も多いと思います。そこで、手が遅いと感じる作業を行っているときの頭のなかでは、何が起きているのかについて理解する必要があるとも思います。

手が遅いという課題を因数分解して、視覚情報が足りないのか、言語情報が足りないのか、身体の運動情報が不足しているのか、どのサブ能力が足りていないのかを意識することで、効果的な能力向上がしやすくなるのではないかということを主張したいと考えています。

サブ能力に焦点を当ててみると、視覚情報の記憶(パターン認識)のインプットが足りないのに、トレースで身体の運動情報の記憶定着が進行しても総体の能力向上の効率は悪い、みたいな考え方ができるようになります。良いものをたくさん見て効率的に記憶するやりかたについて考えるほうが良さそうです。

こんなふうに考えることができるようになるので、このような観点を持ってみることは、おもしろいのではないでしょうか。
(ただ正直な話をすると、実際のところ現場に出ていて、こんなに上手く整理して能力向上していくことは、なかなかできていないのですが...笑。この場面ではこの理論で...なんて考えている時間や余裕はありません。なので、このように記事を書いて振り返ったりすることは大事なセルフリフレクションになるなぁと改めて思いました。)

おわりに

ぐだぐだといろいろ書きましたが、自分にとっては、このデザインという行為が苦ではなく楽しい行為として続けられていることが、なによりも尊く、そして嬉しく思っています。そこがなによりも大事だと思います!

“Everything is design. Everything!”

・・・

以上、Goodpatch Design Advent Calendar 2020 14日目の記事でした!

UIデザイン、エンジニアリングやマネージメント、組織について考えたことなどを徒然と書いております。リアクションいただけると励みになります!