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『対決の東国史』刊行記念鼎談 変貌する東国史を読み解く #6 

 2021年12月から刊行が始まり、おかげさまで売れ行きも好調な シリーズ『対決の東国史(全7巻)』。刊行前に収録された刊行記念鼎談を、6回に分けて特別公開いたします。
 著者である高橋秀樹・田中大喜・木下 聡の3名をお迎えし、企画のなれそめから、最新歴史研究トークまで、様々な話題が飛び交う盛沢山な内容になりました。
 今回は、ついに最終回「織豊時代を迎える東国」。お楽しみ下さい。

織豊時代を迎える東国

―― 最終巻(第7巻)は小田原北条氏と越後上杉氏の戦いになります。小田原北条氏の政治というのは、武田氏や今川氏との関連性で述べられてきた部分もあると思うのですが、今回の編成には意図があるのですか。
田中 単純に山内上杉氏の家督を継いだのが、越後上杉氏の家臣だった長尾氏で、長尾氏(越後上杉氏)が山内上杉氏と小田原北条氏との抗争を引き継いだので、両者の対決を取り上げるのがいいように考えました。加えて、一方は滅び、一方はうまく生き残るという、対照的な終わり方をする点にも注目しました。これは素人的な考えですが、織田信長がもし生きていたら逆に上杉氏は滅んで、北条氏が生き残ったのかもしれません。
木下 基本的に本能寺の変が起こる天正十年段階では、小田原北条氏は信長に臣従しています。上杉氏のほうはもう越中魚津(うおづ)城まで攻められていて、春日山城も武田氏が滅びた後、信濃から織田軍が進もうとしていたので、風前の灯(ともしび)であったのです。
田中 そうですよね。そう考えると史実とは逆のパターンもあったということで、面白いと思います。生き残り戦略として、越後上杉氏の外交の巧みさはどのように評価しますか。
木下 巧みさというよりはもう完全に運ですよ(笑)。信長がいなくなったおかげですよね。信長と謙信は最初仲がよく、両方とも境目を接していなかったので、共通の敵がいるうちはよかったのですが、北陸地方で接してしまったために敵対してしまいます。そうなった場合、だいたい信長は武田氏と同じように「つぶすぞ」ということで、たぶん滅亡させられていたと思います。一方、関東では、結局上杉謙信は何がしたかったのかよく分からないのですが。
田中 はい。かき乱したというイメージしかありません。
木下 毎年やってきては、出稼ぎ的に関東の富を持って帰るというようなイメージです。だいたい冬に雪が降る前に越後から関東にやってきて、暖かいところで過ごして、その後、雪が解けるころに帰っていくような感じですよね。その割には結局、毎年徐々に勢力圏が後退していくという形になっていきます。挙句(あげく)の果(は)てには越相同盟を結んだおかげで、関東の味方にもそっぽを向かれてしまいます。佐竹氏と里見氏は「やめてくれ」と言っているのに、謙信が同盟してしまうので、彼らは「なんだよ!」みたいな感じで、イラっとしていますよね。基本的に謙信は、自分は約束を破るけど、約束を破るやつを許しませんから(笑)。
田中 北条氏は信長にはすぐ従って、秀吉には距離をとったというのは、単純に読み違いだったのですか。
木下 なんですかね。一応、対武田ということで同盟を結ぼうかなと思っていたらしいけれども、結局そうではなくて、これは服属せざるを得ないのだろうなという感じだったのでしょうね。武田氏があっさり滅ぼされますから。
田中 秀吉のときはそういう要素はなかったから、なかなか動けなかったのでしょうか。
木下 というか、秀吉のときもちゃんと臣従するはずだったのですが。

―― 小田原北条氏の領国支配の在り方というのはここ何年かでは評価されていますよね。
木下 そうですね。評価されているというか、むしろ戦国大名の中では非常にシステムができあがっていて、はっきり言って織田領国よりもずっとよくできていると思います。意外に織田領国はアバウトですので。
 ただ領国支配の考え方というのは、北条氏のオリジナルなわけではないと思います。今川氏もかなり早いので。今川氏と北条氏、それぞれが影響し合ってできたというところですかね。北条氏では分国法(ぶんこくほう)はできませんでしたけど。一番早くできたのは今川氏で、検地(けんち)も両方とも早くにやっています。
田中 そういう次の近世へのつながり、北条氏が残したものはどのように継承されるのでしょうか。
木下 そのまま徳川氏が頂いたという感じですね。結局、北条領国がそのまま徳川領国に替わるわけですから。ただ、結城氏辺りは息子が養子に入るので取り込まれますけど、下野と常陸は残ります。常陸は佐竹氏がそのまま全部一国、今まで一国ではなかったのが、いきなり一国もらって、南方の領主は殺されました。下野は基本的にそのままですよね。小山氏とか壬生(みぶ)氏とか、その辺は改易されていますけど、宇都宮氏は一応そのまま残ります。だいたい北条氏の勢力圏をそのまま徳川氏は持っていきますが、そこに入っていない北関東のところは豊臣政権内に包摂されますよね。
高橋 源頼朝の時代から小田原北条氏の時代まで、この全7巻を通じて中世東国史、さらに中世史の面白さが読者に伝わるといいですよね。最後に田中さんから読者へのメッセージを。
田中 このシリーズでは各時代を代表する二つの武家勢力に焦点を当てて東国史を眺めてみたわけですが、対立関係だけではなく、高橋さんがおっしゃったように協調の側面も重視して叙述しています。対立とは、協調関係が前提にあってこそ生じるものだと思います。
 また、時代によって強弱はあるものの、東国の武家勢力は常に中央政権との関係を維持していました。中世を通じて中央政権と地方勢力とが絡み合い、織りなす姿を捉えていくことも、東国史を描くうえで大事だと思います。このような視点から東国という地域史を叙述した本シリーズをお楽しみいただければ幸いに思います。

―― 本日は、ありがとうございした。

(完)



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