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学術出版と「らんまん」

万太郎のミス

前回の記事「コネも実力のうち、という話」の続きですが、少し違う話から。


毎日目が離せない朝ドラ「らんまん」。
先週はさながら教授の田邊が主役のような週でした。

強力な後ろ盾だった森有礼の死から、
妻の支えで何とか立ち直って研究に打ち込むも、
非職(休職命令のようなもので、のちに正式に免官になっています)。
教室は徳永が引き継ぎ、
新たに自分の時間を生きようと思ったら…。

田邊教授のモデル、矢田部良吉自身も鎌倉の海で溺死しているので、こうなるのだろうな、とは思っていましたが、何とも切ないですね。

田邊に万太郎が植物学教室への出入りを禁じられた直接のきっかけは、食虫植物「ムジナモ」についての論文で自分を共著者にいれなかったから、ということになるのですが、
それを観て「なんてけち臭いことを言っているんだ」と思われた方も多いと思います。
万太郎も、最初なんで怒っているか十分に理解できていなかったようですし。

しかし、教授の顔を立てるとか、それこそ「旧幕時代の化石」と言われそうなこと以上に、これをしなければならない理由があったわけです。
繰り返し出てきているように、万太郎は研究室の資料を使って論文を書いていた。しかし、万太郎は植物学教室の教員でもなければ学生でもない。共著者に教室の責任者たる教授の名前を載せなければ、研究業績が植物学教室と紐づかないのです。
(もちろん、徳永助教授が留学に行かなければ、事前に気づいて印刷前に修正させていたのでしょうが)
そして、業績が紐づくということを別の角度から見てみましょう。
業績の裏側には、責任がある。
何か間違いがあったり、盗作や権利処理の誤りや、研究上起こりうる問題が生じたとき、共著者がいることで責任も分散できるという側面があるのです。
教授の名前を出すことで、メインの執筆者の保護をしているという面も忘れてはならないのです。

積もり積もった感情があって出禁を命じられてしまった万太郎ですが、
田邊の言い方には色々問題はあるものの、言っていることは極めて正当であって、大学制度が生まれたばかりの日本で、ルールをしっかり作ろうとしていたということは意識しておく必要がありそうです。

学術書の共著

というわけで、論文執筆の話になりましたが、
ここで学術書の話に戻ります。

学術書も、共著が多い。
一般に学術書版元が出す書籍には3種類あると思っていて、
①専門書、②教科書、③啓蒙書、になります。
企画をしていて一番面白いのは③の啓蒙書で、
研究テーマをもとに、一般向けに売り出す本です。
社会へのインパクトも大きく、売れればまさに文化の担い手という感じですが、失敗する確率も高い博打企画になります。
その理由として、大学の授業での活用があまり見込めないことが挙げられるのですが、その理由は、シラバスと目次が対応していないということもあるのですが、概ね単著なので、著者以外の先生が授業で使いにくいということもあります。
つまり、共著にするということは、売り先を広げるということでもあるのです。

①と②を見てみましょう。こちらは、単著もありますが、共著も多いです。
①の専門書の場合、買う人がほぼ決まっているため、部数は少なくなり、その代わりに高価格になります。ビジネスモデルとしてはそれで成立しているのですが、こちらは共同研究プロジェクトの成果報告などで刊行されることが多いため、共著であることが多いです。
単著の専門書で多いのは博士論文の書籍化でしょうか。
ともあれ、執筆者が多い本の編集というのは事務作業が増えます。原稿未提出の先生への催促ももちろんですし、校正刷りの発送作業やとりまとめなどで思いの外時間がかかります。
(それでも、共著本の担当をするメリットは編集者にとってもあります。著者との繋がりが増えるのです。そこで書いていただいた先生に、別の企画を頼んでみる。そうやって企画から企画に繋げていくのが学術書の編集者の基本的な仕事の進め方だと思います)

②の教科書の場合、大学の授業などで使う本を作るのですが、ここも共著が多いのですが、同じ章を共著にする場合もあれば、各章はそれぞれ単著とする場合も多いです。いずれにしても、「編者」として最終責任者が立つケースが多いです。
そして、分担執筆者には博士課程の大学院生が入ることも多く、非常勤先で教科書指定していただくこともあれば、専任ポストを得た後にも使い続けていただくケースも多く、そのため、若い研究者との多くのパイプを持っている先生に教科書の企画を依頼するというのが王道です。

つまり、共著の企画を糸口に、どんどん繋がりを作っていき、そこから売れる本の企画を考えていく、というのが(少なくとも私が見てきた)学術書の編集者の仕事の基本スタイルかな、と思います。

では、どういうものが生まれてくるのか?
具体的な話は、次回に続きます!



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