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ハイキング

2022年7月下旬。快晴。今日は長女とスイスのヴァリスでハイキング。標高、1,200 mくらいの村から標高2,200 mのフィエシュ∙アルプスまで徒歩で。いざ、出陣!
 
1,600m付近:
ゼイゼイ、ハーハーと登っていたら、16歳の娘が、
「ママ、持つよ」
と言って、私の背中から水筒の入ったバックパックを取り上げスタスタと前を歩いていく。
さすがは、水泳部!
彼女は狂人的な心臓と肺を持つ。
 
赤ちゃんの頃は背中に負ぶって、一緒にハイキングもしたし、スキーもした。プールでは、
「ママはクジラだからね。背中に掴まってるんだよ」
と言い聞かせて、背中に乗せて泳いだ。
いつの間に、こんなに大きく、強くなったんだろう?
坂道がゴルゴタみたいになってきたら、二宮金次郎みたいに負ぶってくれるかな?
 
1,700m付近:
野生のラズベリーの群生に遭遇。市販の物より小さいが美味しい! 二人で、熊の親子のようにムシャムシャと食べる。

1,800m付近:
牛飼いの小屋の前で番犬に吠えたてられる。乾いた牛の糞を踏みしめながら逃げる。
 
2,000m付近:
野生のイチゴやブルーベリーの群生に遭遇。
美味しい!
しかし、なんという、絶景! ローン川を挟んで谷の向こう側にそそり立つイタリア∙アルプスの氷河が手に取るように見える。
 
2,100m付近:
頭上にフィエシュ∙アルプスの山小屋やホテルやゴンドラの駅が崖っぷちに見えてきた。
あと、もう少し!
ところが、上へ向かう山道がない。そこで、仕方がないので高速で下界に向かって降りていくゴンドラを背に、高木(こうぼく)限界線を平行に進む。ところが、しばらく行くと、山道は下り坂になった。
「ママ、どうする?」
「何がなんでも標高は下げないからね!」
折角ここまでエッチラオッチラ登ってきたんだ。下に行ってたまるか! ゴールは目の前なのに……
「カナダ式で登ろう」
「マジで?」
「うん」
 
カナダは人口の少ない野生の国なので、都会に近くなければ、山道などという贅沢なものはない。カナダ式のハイキングというのは、草木をかき分けて山道のない道を地図を頼りに無理矢理登り進めること。
 
カナダでは、大抵、伐採道路から登り始める。伐採道路の行き止まり当たりから、森に入いる。山道があればラッキーだ。ないことの方が多い。木々の合間を上へ上へと上がっていく。背丈より高いツツジ科の低木の茂みをかき分けながら登ることもある。運が悪いと、黒熊に遭遇する。だから、黒熊に遭遇するのが大嫌いな私はもうカナダでは大きなハイキングはしない。
 
何年か前、まだ子供達が小さかった頃、スイスのヌフェネン峠から、イタリアに抜けてハイキングをしていた。ゼーゼー、ハーハー言いながら岩の山道を登りきったところで、先を歩いていた娘達が血相を変えて走って戻ってくる。
「どうしたの?」
夫が聞く。
「なんか、怖いのが沢山いる」
家族4人でソロソロと前へ進んだ。岩場の一段下にアイベックスの家族が7,8頭ほど、私たち人間の家族をその大きな草食動物の目で静かに見上ていた。だから、スイスでのハイキングは辞められない。
 
娘はカナダ人のくせにカナダ式で登ったことはない。二人で、地面にはったように生えているクマコケモモやブルーベリーを踏みしめながら登った。
 
2,200m付近:
やっと着いた! 所要時間、3時間。こんな高い場所でも牛達が草を食んでいる。汗が止まらない。夕暮れの山頂の空気は真夏でも冷たい。
 
絶景を堪能していると、娘が急かす。
「早くレストラン入って何か飲もうよ」
脂肪のない彼女は寒さで震えている。
 
ゴンドラ駅前のレストランで娘はリベラを、私はコーヒーを注文した。夕闇のフィエシュ∙アルプスを、夕食を済ませたホテルの宿泊客が、パファーやフリースを着てゆっくりと散策している。この人達は、この木のない岩だけの幻想的な山上で一夜を過ごせる。なんて羨ましい!
 
最終便の夜の9時半のゴンドラで下界に降りた。また、登りたい。
 
 

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