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とうとうたらり たらりらぁ∼

石田衣良さん、早川洋平さん、美水望亜(よしみずのあ)さんの「オトナの放課後ラジオ」が好きで、よくYouTubeを見ている。先日この番組で、衣良さんが近田春夫作の筒美京平(1940-2020)の伝記を紹介していらした。衣良さんの解説によると、この日本の昭和の歌謡界を代表する作曲家は、天才だったらしい。
 
そこで、筒美氏について自分なりに調べてみた。確かに凄い。衣良さんのおっしゃる通りだった。総売り上げ数は、歴代の作曲家の中で1位。日本レコード大賞作曲賞を過去5回も受賞したのは、これまで筒美氏だけだ。
 
筒美氏について調べていく過程で、70-80年代に、彼とコンビを組んだ作詞家の松本隆(1949-)についても調べるようになった。松本氏も、時代の寵児だった。二人が組むと、売れ線的には、まるでスウェーデンのアバのように強力だった。
 
さて、松本氏が能楽師の藤舎貴生(とうしゃきしょう、1970-)と対談している、2023年の動画が上がっていたので観てみた。
 
トピックは日本の古典にも及び、二人は能曲「翁」について話しだした。「翁」は私も大好きな演目だ。藤舎氏が、「翁」の意味不明な呪文のような歌詞、「とうとうたらり たらりらぁ∼」について松本氏に聞いていた。能楽師も古典の研究者も口を揃えて言う。意味は不明だ、と。
「一体あれには、何の意味があるんでしょうかね?」
「最初、聞いた時、ああ、水だな、って思った」
と、松本氏が言った。
 
私は、ハッと息を飲んだ。
(そうだよ! 水だよ! 水以外にないよ!)
心が激しく動揺した。何も考察することなく、一瞬にして水だと言い切った松本氏の詩人としての感性に感銘を受けた。私には、100年考えても浮かばない発想だった。
 
日本という国は常に水害に悩まされてきた。台風、洪水、土砂崩れ、そして津波。日本は国土が細長く、中央を南北に走る山脈から川が滝のように、海岸線に向けて走る。日本には、トロトロ、ウネウネとロシアを流れるような川なんかない(北海道にはあるかもしれないが)。洪水が起こるわけだ。
 
しかし、稲作によって生きてきた日本人にとって、水は絶対に必要だった。彼らは水によって生かされてきた。だから、よくよく考えてみれば、五穀豊穣と国家安穏を祈願する、神々に捧げる能、「翁」が水について謡うのは、当然といえば、当然のことだったのだ。
 
ここで、「翁」についてもう少し書かせてもらえれば、YouTubeには、2021年に始まった「翁プロジェクト」というチャンネルがあって、金剛流以外の4流派が「翁」を演じている様子をダイジェスト版で載せている。私の好きな金春流の能楽師たちが、なんと私の大好きな、奈良の長谷寺の御本堂で、あのいつ見ても可愛らしい観音様の御前で、「翁」を演じているのも観れる。しかし、このチャンネルのハイライトは、なんといっても宝生流の金沢公演で三番叟を演じた、狂言師、野村万蔵(1965-)の謡(うた)と舞いだろう。こんな風に素敵に踊れる人がいるんだ! と驚いた。彼は出番がくると、舞台の左端からスクッと立ち上がり、中央に進む。そして、「喜びありや∼、喜びありや∼」と舞いながら歌う。彼が謡うと、この世に喜びはなくてはならないような気がしてくる。ゾクゾクするくらいカッコイイ!
 
さて、松本氏と藤舎氏は二人のコラボ作品、、「幸魂(さきみたま)∙奇魂(くしみたま)―古事記よりー」について、話しだした。これは、松本氏が古事記を口語訳し、藤舎氏がそれに曲をつけて、「カルミナ・ブラーナ」ふうに仕上げる、という大胆な企画だった。しかし藤舎氏が作曲の真っ最中の2011年に、東日本大震災が起きた。当時松本氏は62歳、藤舎氏は41歳だった。藤舎氏は震災から受けたショックで、曲を完成させることができなくなってしまった。
 
そんな藤舎氏を松本氏は半ば誘拐するかように自分の運転する車に乗せ、京都の伏見稲荷を訪れた。松本氏によると、今回は水が人を襲った。水が日本を破壊した。だから、五穀豊穣の、強いて言えば水の神様を祭る伏見に参拝しようと思い立ったという。松本氏に連れられて、西日本各地の神社仏閣を巡礼するに従って、藤舎氏の心に平安が戻ってきた。氏に再び作曲する意欲が湧いてきた。この辺のいきさつは、お二人が動画で語っておられるので、興味のある方は是非、YouTubeでご覧になっていただきたい (下記にリンクを貼りました)。
 
こうして、完成したのが、先に述べた、「幸魂(さきみたま)∙奇魂(くしみたま)―古事記よりー」(2012)だった。震災から丁度1年後にリリースされ、第54回日本レコード大賞では、企画賞を受賞した。松本氏はこれを鎮魂の詩(うた)と呼ぶ。動画には、この作品のライブコンサートの様子がチラッと映っていた。
(ああ、ライブで観た人もいるんだ、なんて羨ましいんだろう!)
と思った。
 
これからは、日本が誇る古典文学が、オペラ、演劇の分野で口語訳されて、どんどん上演されていくべきだと思う。
 
筒美氏から松本氏にトピックが飛んだが、とにかくこんな小さな国、日本には、もの凄い芸術家がいる(いた)ということだ。

YouTube: 希代の作詞家松本隆の素顔(前半)https://www.youtube.com/watch?v=_kHVWbwP1Q4&t=563s
 
YouTube: 希代の作詞家松本隆の素顔(後半):
https://www.youtube.com/watch?v=4NO4aBHxmMA
 

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