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日本古代史(文献史学)専攻で学芸員になった時の記録

この記事では、博物館・資料館の学芸員としては珍しい文献史学の日本古代史(以下、古代史)専攻である筆者が学芸員になった際のことを、主に学芸員を目指す学部生・院生向けにご紹介します。

古代史専攻の筆者が学芸員になった時、業界関係者からは「天然記念物だ!」と言われるくらい、考古学でなく文献史学の古代史が専門であることが珍しがられました。
たしかに、学芸員の募集状況を見ていると、古代史を専門とする学芸員の募集は中近世史や近現代史専攻、何より考古学専攻に比べればかなり少ないと思います。
しかし、条件によっては古代史専攻でも学芸員職に採用されることはあります。
また、古代史専攻だからこそ活躍できるフィールドがあることは、筆者自身の経験からわかっており、古代史専攻の学芸員こそ地域博物館・資料館に増えていってほしいと願っています。

そこで今回は、なぜ筆者が学芸員職を得られたのかについて、筆者なりに考え得ることをお伝えしたいと思います。博物館の学芸員になりたいという古代史専攻の学部生や院生の方の参考になれば幸いです。

1 最初の任用

最初に採用されたのは、28歳の時でした。ある時突然、それまで興味のなかった学芸員になってみようと思い立ち、受験したところ運良く採用いただけました。
その時の筆者のスペックを書きます。
・非有名大学院の博士課程所属
・実績は査読論文1本のみ
・研究所でのアルバイト、博物館での資料整理アルバイトの経験あり
・発掘調査経験はほぼなし
・当然、学芸員資格は取得済み

ちょうど博士課程に進学した時期に、学費・生活費を稼ぐためにバイトをしすぎて心身を壊し、回復に約3年を費やすことになったこともあり、博士課程の院生としては、ほぼ実績がありませんでした。

この時に採用された所の募集条件は、おおよそ次のようなものでした。
・地方自治体の資料館の学芸員
・任期付学芸員(5年まで。正規職員と同待遇)
・古代〜中世史が専門
・おおむね35歳くらいまで
・選考方法は書類選考→面接

どれほどの人が応募したのかはわかりませんが、面接の時には10名弱の受験者がいました。
この募集で筆者が採用していただけた要因は、おそらく次のようなものです。
・1本だけとはいえ、査読論文を執筆していた。
・卒論で取り組んだテーマが、その資料館のテーマと合致していた。
・先輩学芸員との年齢差(マイナス5歳)がちょうど良かった。
・研究成果を社会に還元するという目標を、面接できちんと伝えられた。
・その地域社会における現代的な課題について一応の分析をし、学芸員として何をするべきかの素案を持っていた。
やはり、研究テーマがその館のテーマと合致していること、研究成果をどう地域社会に還元するかという視点を持っていることは重要なようです。

なお、この職では、5年間勤めると正規採用されることになっていました。
その地域は筆者自身の研究テーマと合致する地域でしたし、筆者も5年間精魂込めて働いたつもりでしたが、筆者には将来ヒューマニティーズ・カフェを開業したいという目標があったこと等もあり、退職することにしました。その地域は[正規採用=その土地に骨を埋めることを期待する]という土地柄だったこともあり、正規採用を受けて数年後に「飲食店やりたいんで退職します!」というのは難しいだろうと思ったのです。
また、その地方自治体の歴史文化や文化財の状況を踏まえると、そこに必要な学芸員の専門分野とその優先順位は、1古墳時代の考古学、2民俗学、3古代史、だと考えていました。そのことを上に強く進言し、なるべく古墳時代の考古学専攻の人を採用するための募集を出してもらえるようお願いをして、退職しました。

2 転職活動—二つの内定—

次に、その資料館での5年の勤務を終えて、もう一つくらいどこかで経験を積みたいと考えていたところ、2つの館から内定をいただきました。

当時の筆者のスペックは以下です。
・33歳
・博士課程満期退学(学位なし)
・査読論文3本(いわゆる三大雑誌含む)
・紀要・論集系の論文や史料紹介が数本
・外部機関からの出土文字資料釈読依頼の受託実績あり
・資料館運営経験5年
・展示会担当実績10件以上
・特別展担当経験あり(図録執筆)

上記のスペックで転職活動をし、最初に内定をくださった館の条件は、次のようなものでした。
・地方自治体の資料館
・嘱託学芸員
・古代〜中世史専攻
・選考方法は書類選考→面接
おそらく、正規待遇の学芸員としての資料館の運営実績、展示会の担当実績、研究実績や研究内容等が総合的に評価されたのだと思います。
筆者の研究には、古代でも10世紀前半までを対象とし、11世紀以降にも言及したものがあるため、「古代〜中世史」の条件にうまくマッチしたようです。
また、いわゆる三大雑誌に論文が載っていたことは、学芸員界隈ではややインパクトがあることだったようです。

もう一つの内定をいただいたところは次のような条件でした。
・地方自治体の文化施設
・任期付研究員(3年まで。正規の研究職と同待遇)
・日本古代史または上代文学
・博士号取得者またはそれと同等の能力を有する者
・選考方法は書類選考→面接
博士号は持っていませんでしたが、ギリギリ同等扱いをしていただけたようです。
古代史専攻ということ、研究実績、研究対象の幅広さ、業務実績などが総合的に評価されて内定をいただいたのだと思います。

3 転職活動—落ちたところ—

この年、ほかにも採用試験を受けたところが六つほどあります。うち一つは書類選考で落ち、残りの五つは最終面接で落ちました。
最終面接で落ちた理由は、おそらく以下のとおり。なお、これらの募集は、古代史限定募集ではなかったと記憶しています。
・面接官に「古代の人はいらないんだよなぁ」と言われる。
・面接官に「考古学の現場の人が欲しいんだよなぁ」と言われる。
・別の候補に熱意で負けた。
上二件は、「古代史専攻はいらないけれど、この人物なら欲しい!」と思わせられなかった筆者が未熟だったのでしょう。しかし、ほとんどの二次面接や最終面接でこうしたことを言われたので、地方自治体の専門職の採用選考は、かなり効率悪く行われていることが少なくないようです。
実際、地方自治体の中にいても、選考方法に疑問を持つことはありました。人事権を持つ人たちに、専門職の採用はこうした方が良い、ということを下から浸透させていくのも、専門職の役割なんだろうと思います。
最後の一件は、筆者が面接官だったとしてもこの人を採用するな、というくらい熱意ある人がいたので、その人が採用されたのでしょう。当然です。なお、この人も古代史専攻でした。

4 まとめ—古代史専攻でも学芸員になれる—

以上の経験からは、有名大学でもなく、あまり実績の多くない筆者のような人間は、やはり古代史専攻という募集条件がある方が採用されやすいのでしょう。
なお、筆者が就職活動をしていた際に「古代史」専攻が明記されたのは、最初の任用の際には筆者が採用された一件のみ、転職活動の時にも内定をいただいた二件のみだったと記憶しています。
もちろん、古代史限定の募集でなくとも最終までいったものが複数あるため、漠然と「歴史学」の募集でも可能性はありますし、そうやって採用された力のある古代史専攻の方はいらっしゃいます。

上記のような筆者の経験から、古代史専攻(に限らずですが)で学芸員として採用されるためにあった方が有利なことは以下のようなものだと思われます。
・査読論文
・研究テーマの合致
・その地域のことをよく勉強していること
・地域の課題は何かを分析していること
・博物館で何をすべきかが明確にわかっていること
・熱意
並べてみると、専門分野に限らず当然のことですね。
学芸員になりたいという方は、自分に合った募集が出た時に少しでも採用される確率を上げられるよう、論文を書き、学問の成果を地域社会に還元するとはどういうことかを常に考えておくことが大切なのだと思います。

#学芸員 #博物館 #日本古代史 #古代史

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