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一瞬止まったら、また #19

夕暮れが静かに街を染めていた。赤紫に変わる空に吹く秋風が、涼しく心地よく感じられる季節だ。そんな中、ポケットの中でスマホが震えた。彼からのメッセージだった。

「今度のデート、どこに行きたい?」

たった一言の質問だったけど、美樹はその場で立ち止まり、スマホを握りしめたまま答えを考え込んでしまった。彼とのデートをどう楽しむか、どうすれば彼も喜んでくれるか――それを考え始めると、答えを出すのがどんどん難しくなっていく。彼はどんな場所が好きだろう?食べ物は?映画や音楽の好みは?どうやって彼に満足してもらえるか、そんな「どうやったら?」が次々と浮かんでくる。

しかし、そうやって考えれば考えるほど、美樹は動けなくなってしまう。過去のデートを思い返しても、彼女はいつもこうだった。完璧な答えを探して、結局その答えにたどり着けないまま、焦って何とかギリギリで間に合わせる。彼に対しても、仕事に対しても、いつもそう。

そういえば、仕事でもいつも同じような状況に陥っていた。「どうやって成功するのか」をひたすら考え続けて、一歩を踏み出せずにいた。自分のビジネスアイデアを完璧に実現する方法を探している間、時間はどんどん過ぎていく。でも、そんなときに、古くからの友だちに言われたことがあった。「まず、目の前にあることから始めてみては?」と。

「どうやったらうまくいくのか」――にこだわりすぎると、動き出しが遅れてしまう。考え込むうちに、行動するタイミングを逃してしまうのだ。ビジネスでも日常生活でも、まず「今何ができるのか」を考えることが大切だ。今すぐできることから始めることで道が開けていく。

でも、それを理解しているはずなのに、なぜか恋愛になると同じ間違いを繰り返していた。「どうやったら彼を喜ばせられるか」「どうやったらデートを成功させられるか」をずっと考えて、結局、行動に移すのが遅れてしまう。

思い立ったように、美樹はスマホを取り出し、メッセージを返信しようとした。けれど、また指が止まる。完璧な提案ができなければ、彼にがっかりされるんじゃないか、そう思ってしまう。あれこれと考えすぎて、再び迷いが湧いてきた。

でも美樹は、ふと気づいた。「もしかして、自分で自分を追い込んでいるのかもしれない。彼はきっと、私との時間を楽しみたいだけだ。」それなら、どこに行くかなんて、今は大きな問題じゃない。

深呼吸をして、指先に力を込めた。そして、シンプルな返信を書いた。

「どこでもいいよ。あなたと一緒なら。」

驚くほど早く、彼からの返信が来た。

「じゃあ、次の土曜日、映画でも見に行こうか?」

その瞬間、心の中で何かが解けた気がした。私は、ただ一歩を踏み出せば良かったのだ。どうやって彼を喜ばせるかを悩むよりも、彼との時間を楽しむために、今できることをすれば良かった。

そして、ビジネスも恋愛も同じだということを再確認した。複雑に考えすぎず、まず目の前の一歩を踏み出すことが、成功への道を開く。完璧なプランなんて必要ない。むしろ、行動しなければ何も始まらないのだ。

秋の風が優しく私の髪を揺らす中、美樹は少しだけ足を早めて家路を急いだ。彼との次のデートが、何となく特別なものになりそうな気がしていた。それは、場所や内容ではなく、自分が一歩踏み出したことが、その理由なのかもしれない。

時間を無駄にするより、まずはできることを。

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