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嫌われたのかもしれない。#14

9月のはじめ、秋の気配が少しずつ感じられるようになった頃、美樹がオフィスにやってきた。彼女は少し疲れた様子で、わたしの向かい側に座ると、深いため息をついた。「どうしたの?」と声をかけると、美樹は迷いながらも、ゆっくりと話し始めた。

「最近、彼がずっと落ち込んでいて……。何か気分転換になればと思って、旅行に行こうって提案したんです。でも、あまり乗り気じゃなくて、結局断られちゃいました。それで、もしかしたら嫌われてしまったんじゃないかって、思ってしまって……。」彼女の声には、深い不安と傷ついた心がにじみ出ていた。

彼女の心が重く沈んでいるのが伝わってくる。愛する人を元気づけようとした提案が受け入れられなかった時、その痛みと不安は計り知れないものだ。わたしは静かに、美樹の気持ちに寄り添うように話しかけた。

「美樹、ちょっと考えてみて。」わたしは穏やかに言葉を続けた。「例えば、とてもお腹がいっぱいのときに、どんなに美味しそうなご馳走が目の前に出されても、食べたいとは思えないことってない?」

美樹はすぐに「もちろんです。お腹がいっぱいのときは、どんなに美味しそうな料理でも、食べられないことがあります。」と答えた。

「それと同じことかもしれないわ。」わたしは続けた。「美樹が彼に提案した旅行は、きっと素晴らしいものだったはず。でも、今の彼は心の中で何かを抱えていて、そのことで精一杯になっているかもしれない。だから、どんなに素晴らしい提案でも、受け入れる余裕がなかったんじゃないかしら。」

美樹は少し戸惑った様子で、「でも、私のこと、もう嫌いになったのかもしれません……。」とつぶやいた。

「違うわ、美樹。」わたしはやさしく首を振った。「彼が旅行を断ったのは、今の彼にとってその提案が負担に感じられたからかもしれない。美樹が彼を思って行動したことは、決して間違いじゃないの。ただ、今の彼は『満腹』で、それを受け取る余裕がなかっただけなのよ。だから、彼は旅行を断っただけで、あなたのことを拒絶したわけではないと思うの。」

美樹は少し考え込んだ後、「でも、どうしたら彼の心の負担を減らせるんでしょうか?」と尋ねた。

「まずは、彼の気持ちをもっと聞いてみることよ。」わたしは答えた。「彼が今何を感じているのか、何が彼を悩ませているのかを知ることが大切なの。そして、それを理解したうえで、彼にとって本当に必要なものを見つけていくのが、美樹の役割かもしれないわ。」

美樹は静かに頷き、「ありがとうございます。なんだか、少し気が楽になりました。これから、もう少し彼の話を聞いて、何が本当に必要かを考えてみます。」と言った。

その瞬間、わたしは美樹の表情が少し明るくなったのを感じた。わたしも美樹も、そのことを忘れずに、前に進んでいこうと思った。

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