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四月ばかの場所15 勝算

あらすじ:2007年。メンヘラで作家志望のキャバ嬢・早季は、皮肉屋の男友達「四月ばか」と一年間限定のルームシェアをしている。社会のどこにも居場所を感じられない早季は、定住しない四月ばかの生き方をロールモデルとしていた。トリモトさんという変わった男性と知り合った早季は彼が気になり、デートする仲になる。

※前話まではこちらから読めます。

風邪が治ると、年末に締め切りのある新人賞へ応募するための作品を書き始めた。

直接的に自分を創作に反映させてしまうあたしは、主人公の想い人を「小心者でメタル好きの関西弁のデザイナー」に設定した。

すると、調子よくすらすらと書けた。書いているうちに止まらなくなって、仕事をさぼって書き続けた日もある。

もうすぐトリモトさんの誕生日だ。SNSのプロフィールに書いてあるので、以前から知っている。

トリモトさんは三十歳を間近にひかえて思うところがあるのか、ここのところ抑うつ傾向にある。「オレはこのまま今の仕事を続けるべきなのだろうか」と自問をくり返しているらしい。

長文メールのやり取りは相変わらず続いていて、彼からは今まで以上にコンプレックスと愚痴に満ちたメールがくる。

けれど、本気で転職を考えているようには思えない。間違いなく、トリモトさんは今の仕事を続けるだろう。札幌で吉祥寺に憧れていたときのあたしと同じで、「できない」と思い込んでいるうちは絶対にそれを「しない」。

あたしはそのメールに返事を書く。いつも通り自分の意見を書き、慰め、「気分が晴れないなら飲みましょうよ。話聞きますよ。十三日が仕事が休みなんですけど、どうですか?」と書き添えた。

いちかばちかだった。九月十三日は、トリモトさんの誕生日なのだ。

そのメールを送信してからは落ち着かなかった。携帯が鳴るたび飛びついて、ドキドキしながらメールを見る。トリモトさんではないとわかるたび、なぜか少し安心した。

仕事中、トイレでメールをチェックすると、新着メールが三件来ていた。そのうちの一件がトリモトさんからだ。断られていてもがっかりしないよう、心の準備をしてから開く。

『ええよ。何時にする?』

思わずにんまりと笑ってしまった。鏡を見ると、不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫のような笑みを浮かべるあたしがいた。

家に帰ってからもすぐには眠らなかった。きっと寝付けないと思った。

シャワーを浴びていても、SNSで友達の日記を読んでいても、顔がチェシャ猫になってしまう。

こういうときはアボガ丼だ。幸福な気分をくるんでお腹に入れちゃう料理、アボガ丼。

ご飯をよそってバターをひとかけのせてレンジでチンする。あつあつのご飯に黄色いバターが染み込んだその上に、醤油をさっとたらす。サイコロに切ったアボガドをのせてマヨネーズで網目を描いたらできあがり。バターのほわんとした香りと、口の中でまったりするアボガド。幸福な料理。

あたしは幸福な気分のまま朝になるまで待って、起きだしてきた四月ばかの鼻先にトリモトさんからのメールを突きつけた。

「ねぇ、誕生日だよ。誕生日にあたしに会うんだよ。トリモトさんてあたしのこと好きなのかな」

「そうなんじゃない」

四月ばかは心底どうでもよさそうだ。

「ね、ほんとにそう思う? 適当に言ってない?」
「思う思う。それよりさ、今すげぇ面白い夢見た」

四月ばかは面白い夢を思い出しているのだろう、遠くを見ながらくっくっと笑う。

「俺と芙美子が吉祥寺の駅歩いてるんだよ。そしたらさ、頭のおかしい奴が大きな声でなんかわけわかんないこと言いながら踊ってるの。すげぇ変な服着てて、でもすげぇ楽しそうなの。笑顔なんだよ。

周りの奴らはみんな気持ち悪そうに避けてくんだけど、芙美子はなんでもないようにソイツの横通り過ぎてさ、で、いきなり携帯出して、『ああいう人の周りって電波いいんだよ』って言ってにっこりすんの」

芙美子さんは四月ばかの婚約者だ。会ったことはないけれど、あたしのイメージの「芙美子さん」はそういうことを言いそうな気がする。

あたしは、吉祥寺の駅で笑顔で踊るトリモトさんを想像していた。





次の話



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ライター・エッセイスト/著書『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』http://urx2.nu/Vmkr web媒体や雑誌で執筆中/有料記事は知人に読まれたくないだけで有益な情報とかじゃないです/お仕事のご相談はsaki.yoshidama@gmail.com