ジョバンニの食卓6 プレゼント
前回までのあらすじ:17歳の美希は、36歳の父親・広治(こうじ)と二人暮らし。幼い頃に家を出た母親の記憶はない。広治や幼なじみの陸生(りくお)と平和な日常を過ごしている。ある日、広治から恋人ができたと聞かされて……。(第一話から読みたい人はこちら)
◇
家に帰ると、クリスマス用のモールが天井に飾られていた。私たちが帰ってきたら飾りつけができているように、広治が陸生に鍵を渡しておいたらしい。受験生にこんなことさせていいのか。
帰り道の途中で買ってきたお寿司とフライドポテトを並べ、宴の準備が整った。それぞれの好きな飲み物で乾杯したあと、広治と陸生がプレゼントをくれた。
陸生が無造作に差し出した袋を開けると、コーデュロイの帽子だった。メンズライクなデザインで、私の私服に合いそう。
「ありがとう!」
「俺も同じの買った」
「マジで。じゃあ陸生と出かけるときかぶれないじゃん」
一方、広治からのプレゼントはシルバーのピアスだった。砂粒ほどのジルコニアがいくつかあしらわれた、上品なデザインだ。
「ありがとう。……広治が選んだの?」
「香里ちゃんに相談したら選ぶの手伝ってくれて」
やっぱり。
「香里さんに、ありがとうって伝えておいて」
つけていた安いピアスをはずして、広治のくれたピアスをつけてみる。広治は「いいんじゃない」と言ったが、陸生は唇の端をかるく持ち上げただけだった。
このピアスは、カジュアルな服装を好む私には似合わない。いかにも、私に会ったことがない人が選んだピアスだ。香里さんは私のことを、このピアスが似合うような、繊細で上品な子だと思っているのだろうか。広治の娘なのに?
ひっきりなしにポテトを口に運んでいた陸生が、「ねぇ、ウワサの香里さん、連れてこないの? 俺会ってみてぇ」と言う。
「だってまだ付き合って十日しか経ってないもん。さすがにまだ、家に呼ぶのは早いよ」
遠慮なくトロを食べていると、広治がやぶからぼうに「美希、就職どうすんの?」と言った。
「どうしようかな」
「焼き鳥屋に修行に出ろって」と陸生。
「なんでだよ。……私さ、バイトでもなんでもいいからとにかくお金稼いで、一人暮らししたいんだよね」
広治が目を見開く。
「なんで? 俺と暮らすの嫌?」
「そうじゃないよ。ただ、いつか広治が香里さんと結婚したら、私はこの家を出ることになるでしょ」
「結婚なんてまだ全然考えてないよ! するとしても、だいぶ先のことだよ。それに、もし結婚したって美希が出てくことないじゃん」
「私は嫌なの。気い遣わせるの申し訳ないもん。それなら別々に暮らしたほうがお互い気楽じゃん」
軽く言ったつもりなのに、思ったよりも口調が冷たくなってしまった。私も広治も陸生も、テーブルの上の寿司桶を見つめる。
気まずくなったときはいつも、他人事のような顔をしてしまう。無責任な私は、沈黙をやぶる係を人任せにしてしまうのだ。たぶん、広治も同じタイプ。
けれど今日は、広治が最初に口を開いた。
「俺、まだ結婚しないよ。美希がどうしても一人暮らししてみたいって言うなら応援するけど、俺に気を遣って家を出るなら、俺は結婚しない」
思いがけず、真剣な表情だった。なんだか広治が父親らしくて、ぽかんとしてしまう。
なぜか涙がこみ上げてきて、それを気づかれないよう無表情を装って席を立った。
「ちょっとトイレ」
なんで泣きたくなるのか、考えたくなかった。
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