甥っ子が王子様だった頃
私には子どもがいないが、甥と姪がいる。しかも5人も。兄に2人、姉に3人の子どもがいるのだ。
どの子も愛しいが、一緒に過ごした思い出が多いのは姉の長男・せいちゃん(仮名)だ。
姉は大阪在住だが、せいちゃんが小さいときはたまに長期間の帰省をしていた。
せいちゃんと過ごす日々は、笑いと発見が絶えなかった。
◇◇◇
24歳のとき、山小屋の仕事を終えて下山すると、実家からお呼びがかかった。
第二子出産のために帰省していた姉が、切迫早産の危険があって自宅で絶対安静を言い渡された。2歳の長男の面倒は母が見ていたが、かなり手強いらしい。「おばあちゃんもチャンプ(犬)もいるし、手が足りないから手伝って」と言われた。
実家に帰った私は、姉の長男・せいちゃんと再会した。せいちゃんとは生まれてすぐの頃に会っている。しかし、再会したせいちゃんは2歳。イヤイヤ期真っ盛りだった。
彼はとても手強かった。
私がチャンプの散歩に行こうとすると、せいちゃんは「ダメー! ばあばのチャンプ! サキちゃんはダメ!」と激怒する。
そして、チャンプが姉に近寄ろうものなら「ダメー! せいちゃんのママだよー! チャンプはあっちいってー!!」とひっくり返って泣く。
一度泣き始めたら止まらない。狂ったようにギャンギャン泣き、どれだけあやしても無駄だ。
せいちゃんはワルなので、剥いたバナナの皮は床に捨てる。タマゴボーロはテーブルにぶちまけて食べる。
そのくせ、どら焼きを手渡しであげたら「ダメー! おたら(お皿)に入れるの!」と怒る。
「はいはい、せいちゃんはお行儀がいいね」と嫌味を言っても、2歳児には通じない。「おーたーらー! はーやーくー!」と騒がれる。皿を取ってくる私はまるで召使だ。
いつものようにうどんを箸で短く切ってあげたら、その日に限っては長い麺をちゅるちゅる食べたかったらしく「切っちゃダメー! くっちゅけて!」と無茶を言われたこともあった。
「ごめんごめん。もう切っちゃったからくっつけられないや」と言うと、
「テープでくっちゅけてよー!」
とますます無茶なことを言いながらギャン泣きする。どれだけなだめても、ご機嫌を直していただけない。
え、お姉ちゃんが入院してる間、私とお母さんで面倒見るの? 無理でしょ。っていうか、赤ちゃん来たらどうなっちゃうの?
私も母も姉も、暗澹とした気分だった。
◇◇◇
そんなせいちゃんだが可愛いときもある。
当時のせいちゃんはクレヨンマニアだった。「くれよんのくろくん」という絵本が大好きで、一冊すべて暗唱していた。それがきっかけで色に興味を持ったらしく、赤や青だけではなく、「茄子紺」や「うぐいす色」も知っていた。
「チャンプは黄土色の犬だよ」
「じいじのジャージ、シグナルレッドだね」
などと言っては、大人たちを驚かせていた(父はなぜか部屋着として赤いジャージを愛用している)。
男の子は車や恐竜が好きなんだろうと思っていたので、彼が人生ではじめてハマったものが「クレヨン」だったのが意外で、面白かった。
その後、姉は無事に第2子のショウちゃん(仮名)を出産した。
ショウちゃんは生まれつき色黒でムチっとしていて、いつもニコニコしている赤ん坊だった。色白で華奢で見るからに繊細そうなせいちゃんとは正反対だ(ちなみに私の母は、せいちゃんのことを東山紀之、ショウちゃんのことを速水もこみちに似ていると評したが、家族はみんな「絶対によそで言ってくれるな」と釘を刺した)。
せいちゃんは、あまり赤ちゃんに興味を示さなかった。
◇◇◇
約一年後、姉の家に遊びに行った。
3歳になったせいちゃんはますます語彙が増えて生意気になっていた。
「折り紙王子」と呼ばれるほど折り紙が得意で、好きな折り紙を聞いたら「ぼくは中割り折りが好きだな」と技法で答えてくれた(兜とか鶴とか、そういうことを聞いたのに)。
ショウちゃんはというと、自由に歩けるようになってせいちゃんのプラレールに手を出すようになっていた。
せいちゃんはそのたびに「ぼくのだからショウちゃんは遊んじゃダメ!」と怒るが、ショウちゃんは動じない。ニコニコしたまませいちゃんのおもちゃをぶん取る。最終的には、せいちゃんが泣かされる。賢いけど弱いのだ。
せいちゃんは賢くて生意気で、ずいぶんと大人の言うことをわかっていたけれど、やっぱり3歳なのでわかってないこともあった。
どんな話の流れだったか忘れたけれど、私が「ショウちゃんは男の子だもんね」と言ったとき、せいちゃんは笑って、「ショウちゃんは男の子じゃないでしょ~!」と言った。
私と姉は顔を見合わせる。
「ショウちゃんは男の子だよ? せいちゃん、知らなかった?」と言うと、せいちゃんはキョトンとして、「ショウちゃんは赤ちゃんだよ」と言った。
「ぼくとパパは男の子。サキちゃんとママとばあばは女の子。ショウちゃんは赤ちゃん」
「じいじは?」
「じいじは大人だよ」
えー!
せいちゃんの世界では、人間は「赤ちゃん・男の子・女の子・大人」に分類されるらしい。
そんな分かってなさがたまらなく可愛かった。
◇◇◇
私はメンタルの調子を崩しがちで、ときたま理由のない発作的な悲しみに襲われることがある。
そんなとき私は、甥っ子たちが小さかった頃のDVDを見る。見ているうちに落ち着いてきて、涙が止まる。
彼らは、自分の存在が叔母の救いになっていることを知らない。
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