グッバイ、ママ
あなたの飼い主を殺したの。
死体が見つかるのは時間の問題だから、私もこの手紙を書き終えたら彼女のところへ行くわ。
生きていればいつかはいいことがあるって漠然と思っていたけれど、あの瞬間、気付いたの。大人になっても、淋しくて悲しいことばかりだって。
そうしたら私、彼女のお腹にナイフを突き立ててた。
胸じゃなくて、お腹を刺した。
あなたの飼い主に声をかけられたの。
いつも公園で会う白い犬を連れたおばさん。私は彼女が好きだったから、誘われるがままに彼女のアパートに行ったわ。
家具のほとんどない、小さくて古い部屋。
鏡台代わりのカラーボックスにぽつんと、百円ショップで売ってるマニキュアが置いてあった。私がひとつだけ持ってるのと同じマニキュア。私のはピンクで、同じ種類でも彼女のはくすんだベージュ。それを見て私、なぜだか悲しい気持ちになった。
彼女はチョコケーキを出してくれた。そして、ケーキを頬張る私をニコニコ眺めながら、りんごまで剥いてくれた。ちゃんと皮をうさぎにして。
すごく、嬉しかったわ。
私は言ったの。
「とっても美味しいです。私のいる児童養護施設では、ケーキなんてクリスマスしか食べられないから」って。
私に親がいないことを、彼女は知ってるはずだった。彼女といつも会う公園は、私の住んでいる施設の真向かいだもの。
彼女は悲しそうな顔をしたわ。児童養護施設って言葉を聞くと、大人も子供もそういうリアクションをするの。
でも、そのあとが他の大人たちと違った。
彼女は涙を流したの。そして、私を抱きしめた。あったかくていいにおい。
ぼうっとしていたら、頭の上で彼女の声がした。
「ごめんね」
私、驚いて彼女を見たわ。
愕然とした。
なぜ今まで気付かなかったのかしら。彼女が私とそっくりなことに。
彼女の顔を見つめたわ。とてもとても、不幸せな顔。「人生に楽しいことなんかひとつもない」って言いたげな、孤独で疲れた顔。たったひとつの百円ショップのマニキュア。
ねぇ、お母さん。
自分の幸せのために私を捨てたんじゃなかったの?
なのになんで、そんなに不幸そうなの?
気づいたら、テーブルの上にあった果物ナイフを手に取って、彼女のお腹に突き立ててた。十四年前、私がいたところに。
あなたはきっと今頃、必死で吠えているわね。
あなたに餌をくれる人はもういない。あなたも、私とおんなじよ。
身勝手でごめんなさい。
私やっぱり、お母さんに似てるみたい。
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