強がりビデオ
あの頃、まだこの街に話し相手のいなかった僕は、自分の中に蓄積された言葉が溢れ返りそうになっていた。
だから、彼女に出会えて正直とても助かった。大きなレンズの瞳を持った彼女。そう、ビデオカメラさ。
カメラに向って、僕は喋り続けた。泣いて叫んで、歌って語った。
しなかったことは、偽ることと演じること。ビデオカメラ嬢はニコニコと何でも聞いてくれた。僕はとても楽になった。
でもある時、僕は気付いたんだ。
テープには僕の映像が録画される。僕の言葉が残る。
それはつまり、再生ボタンを押せば、カメラの前の剥き出しの僕をいつでも見られるってことだ。もちろん、僕以外の人間にも。
なんてこった!
第三者に見られることを前提としていなかったから、カメラの前の自分はとんでもなく無防備でありのままだった。
深呼吸をして爆発寸前の心臓を落ち着けて、ビデオを再生してみた。
「地元に帰りてぇよう!」
大声で叫ぶ僕がどアップで映しだされた。
なんてことを言ってるんだ、僕は!
あの無個性なブルーグレーの街に帰りたいだなんて。あの街の奴らを見返すために、東京へ来たんだろう?
この映像を地元の奴らに見られたらどう思われるか。
笑われる。哀れまれる。……心配かける。
「東京はすごく楽しいよ。元気でやってるから心配しないで」
そう、笑って言ってやりたかったのに。東京の人みたいな、垢抜けた格好をして。
よし、この映像は消してしまえ。そして、地元の奴らに見られても大丈夫な、格好いい僕を撮るんだ。
僕はテープを頭まで巻き戻し、精一杯オシャレをしてカメラの前に座った。
いつものように、カメラに向って喋り始める。
だけどなぜだろう、口から出たとたん、言葉たちは死んでいく。偽りの、演じられた自分。ビデオカメラ嬢が哀れむように僕を見ていた。
息が苦しくなった。
こんなはずじゃなかった! こんなはずじゃなかった!
気付くと、僕はカメラを壊していた。テープに残された自分自身を殴るように。
肩で息をしていると、メールの受信音が鳴った。
開くと、地元の友達からだった。
“元気にしてるか?”
ぐっと喉がつまって、僕はその場にうずくまった。冷たいフローリングに、涙がぽとぽと落ちる。
“元気だよ”
反射的にそう打ってから、思い直して削除した。息をひとつ吸って打ち直す。
“そっちに帰りてーよ”
思い切って送信ボタンを押す。なんだかすうっと楽になって、少し笑った。
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