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ファンタジー

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吉田図工のファンタジー作品です
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#ドラマ

【ショートショート】ユイム

 しばらくの間、自分がどこを歩いているのか向井忍は分からなかった。麦畑という名の駄菓子屋にさしかかった所でやっと、そこが実家に続く道だと気がついた。子供の頃、母とよく訪れていたパン屋もあり確信を深めるとふと懐かしい気持ちが沸き起こった。 その角を曲がれば、もうすぐそこに実家がある。  実家の前に若い女性が立っていた。忍の姿を見つけると彼女は手首だけを動かし小さく手を振った。なぜならその腕には赤ん坊が抱かれており、忍はその女性が母の照美だとすぐに分かった。 「待ってたよ。随分と

【ショートショート】下町のクリスマス

まだ私の名前がサンタさんの配達リストに載っていた頃の話。 「うちは煙突もないし、今日は玄関の鍵開けといてもいい?」 母に懇願するも「余計に泥棒も入ってくるからあかん」と一蹴された。 そして世界中一晩でプレゼントを配るのにこんな下町まで来てられない、そもそも良い子にしかサンタは来ない。 と母は悪戯に伏線を張った。 数日前のTVニュースで『サンタさんへの手紙』という存在を知った。 その手があったのかという驚きと、もう手遅れだという絶望が渦を巻いた。 サンタはこの街を通り過ぎるかも

【ショートショート】おかき語

送られてきた荷物の封をときながら、過ぎし日の夏休みの事を思い出した。 毎年学校が夏休みに入ると、母方の田舎に帰省するのが定番で 祖父母の家に着くと必ずおかきの一斗缶が居間の隅に置いてあった。 それを見て「じいじもばあばもおかき好きやね」と言えば 「おかき語に使うんよ」と母は素っ気なく言った。 祖父母は良き仲の裏返しで些細な事でよく喧嘩をした。 口喧嘩が始まりしばらくすると、どちらかが一斗缶をちゃぶ台に置く。 そして口喧嘩の口を噤むと、二人向き合って無言でおかきを食べ始めるのだ

【ショートショート】旋風の正体

良いことを教えてあげよう。 君もたまに見た事があるだろう。 街角で突如現れる落葉をかき混ぜる様な小さな旋風。 あれの正体はね…おっとちょうど孫が出掛ける所だ、少し待ってくれないか。 もう1人でおつかいに行ける様になったんだな。車には気をつけるんだぞ。 おっと、すまないね。 正体はだね…うん、あの方向だとあそこのコンビニの駐車場が良さそうだ。 ちょうど落葉が沢山あるだろう。 あの子が通りかかるのを見計らってこう降り立つと… 「あ!たつまき!」と男の子は旋風に向かって駆け込みキ