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恋愛の終着点は「死」であるという話

本気で惚れていたら、彼女はもう死んでいる。

今日は恋愛の終着点について
話していこうと思う。

諸君には、彼女がいるだろうか?

いない人もいるだろうが、
彼女ができたとしたら?

男ならば、その彼女を本気で
惚れさせたいと思う人が多いだろう。

俺が語る「恋愛最終理論」を
理解していれば、
女を本気で惚れさせることは可能だ。

だが、どこまで
惚れさせれば良いだろうか?

実は上限など
存在しないようなものなのだ。

俺が提唱する「恋愛最終理論」によれば
女は惚れた男に対し

☆なんでも言うことを聞く
☆ちょっとしたことで喜ぶ
☆なにをしても許してくれる

といった状態になる。

今回は特に、

☆なんでも言うことを聞く

にフォーカスして考えてみよう。

なんでもと言っても、
その度合いは様々である。

本当になんでも
聞くなんてことはあり得ない。

俺はよく
「俺の女はなんでもいうことを聞く」
と偉そうに言っているが

本当になんでも
聞いてるわけはないだろ。

俺がある女に

「今からフランスに行って
モンサンミシェルの写真を撮ってこい」

と言って、
撮ってくるやつはそういない。

(もしかしたら女とタイミングに
よっては可能かもしれないが・・・)

もっと言えば、
俺のために「本当に」死ぬことが
できる女などいないと思っている。

口では「あなたのためなら死ねる」と
よく言われるものだが、
俺のために本当に死んだ女は
いままでに見たことがない。

だが、それを可能としている
男がいるのも事実。

女は特に感情的な生き物だ。

本気で惚れた男のためならば、
自分の芸能活動を犠牲にする
可能性にかけてまでも、
男に渡されたドラッグを
所持したり、摂取してしまう。

風俗に堕ちる女もだ、
元々風俗に抵抗のない女ならまだしも、
ほとんど恋愛経験がなかったり、
他の仕事でキャリアを積むことができる
にも関わらず堕ちてしまうことはある。

惚れた男にいますぐお金を
渡さなければいけないともなれば、
身体を売るという一択に迫られるのだ。

恋愛の終着点

俺は、恋愛の終着点を

「死」

だと考えている。

少し惚れた男に対しては
自分のお金に余裕があるとき
そのお金でプレゼントを
買ってあげるくらいだ。

かなり惚れていくと、
お金に余裕がなかったとしても
自分が必要最低限な分だけ
残してその男に貢ぐ。

さらに惚れていくと、
自分に必要最低限な分まで
削り始める。
食費などの重大な部分までだ。

男に貢ぐため、
自分の生活費を削って
ひもじい思いをしてでも
男に好かれようと頑張る。

「貢ぐ」というのはお金に限らない。

たとえば、
深夜に突然渋谷に呼び出されたら
タクシーを使ってでも、
金がなければ
自転車に乗ってでもやってくるだろう。

突然北海道に呼び出されたら、
格安の飛行機を取って
すぐに飛んでくるだろう。

自分が持つ全ての「お金」、
そして自分が持つ全ての「時間」を
好きな男のためにフル活用する。

・・・その行き着く先は

どこか?

そう、女は惚れた男のために
自分の全てを犠牲にする。

そして女は、
なにも考えられなくなる。

自分の夢を諦める。

自分のやりたいことを諦める。

自分を認めてくれていたはずの
社会の輪から抜け出す。

自分を支えてくれていたはずの
友人や家族の輪から抜け出す。

社会的な欲求や、承認欲求など
あらゆる欲求を犠牲にするわけだ。

俺は、もうひとつ仮説を立てている。

ついには、生理的な欲求をも
犠牲にするだろうという説だ。

惚れた男のためなら
なにも食べずに我慢できる。

惚れた男のためなら
一睡もせずに何かできる。

自分の持つ「全て」を
男に捧げ、生きることをやめる。

それほどに「愛」の力は
絶大だと信じている。

正当な愛されかた

女を惚れさせる
クズ男は大体頭が悪い。

いますぐお金が欲しいという
希望をそのまま女にぶつけ、
たかが数ヶ月数年で全てを搾り取って
女の人生を終了させる。

ある程度搾り取って
そのままポイならまだマシだ。

女が自分の食費をなくし、
職も失って風俗に堕ち、
精神をぶっこわされ、
最終的に「死」を迎えるまで従わせる
本物のサイコパスもいることだろう。

だが俺は当然
そんな付き合いかたを推奨しない。

女の操縦権はこちらにある。

使い捨てのように女を動かせば
女は死ぬまで風俗で働いて
すぐに使い物にならなくなる。

だが、女を社会に組み込んで
お金を稼がせることができれば、
そのお金は自分のもとに回ってくる。

女が社会に出て優秀な成績をおさめ
年収が1000万になったとする。

年収1000万の女が5人いれば
君は年収5000万になったようなものだ。

女の生活費を除いて
君はその5000万円を自由に使える。

だからこそ俺は

「女にスキルアップさせる」

という付き合いかたを推奨したい。

元々職や夢を持っているのなら
その分野で活躍できるように頑張らせる。

持っていないのなら
探してあげたり、何かすすめたりする。

自分ができる分野をすすめれば、
教えてあげることもできるので
教える気があるならそれも良いだろう。

人というのは、
自分のためよりも誰かのためのほうが
頑張れる生き物だ。

それが好きな男のためともなれば、
やらないわけがないのである。

もちろん、風俗という業界も
社会の経済を回している一員で
あることは確かだ。

それを理解した上で、
女にもやりたいという意向があって
業界に介入させるのなら問題ない。

だが、「お金が欲しいから」と
短絡的な理由で風俗に堕とすというのは
頭の悪い男の考えかたである。

おわりに

こんなことを言うと、
そんなものは愛じゃないだとか
サンクコストと愛は違うだとか
サンクコスト理論は外道だとか
いわれるかもしれない。

だが、俺は断言する。
愛はサンクコストからくるものだ。

仮に愛がサンクコストから

くるものでないのならば、

この世界に愛は存在しない。

yoshi

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