実験・調査実習は遠隔授業で可能なのか #2 実験の場合 (2) 有料ソフトウェア編

前回に続いて,ソフトウェア編です。ここも長くなりそうなので,有料(ソフト自体の利用が有料のもの)版と無料版を分けます。ここでは有料のもののみ紹介します。

Inquisit Web

もともと,PC版 (Lab) の心理学実験ソフトである Inquisit には Web 版のサービスがあります。

Web 版は Lab 版とは別契約になり,2ヶ月だと $395, 一年だと $1395 ですね(Qualtrics 並の価格です)。すでにライセンスを持っている場合とか,Web に加えて Lab 版のライセンスも購入する場合とかでさまざまな価格設定があります。日本にも代理店があり,大学生協からも発注できる(ところが多い)と思いますので,お金はかかりますが,面倒は少ないかもしれません。iOS でも動くのが強みかもしれません。筆者は旧バージョンの Inquisit 4 の Lab 版を使ってましたが,基本的にはスクリプト(HTMLのような <> タグで囲まれた領域にオブジェクトごとの処理を書いていくようなスタイル)を書いていく方法です。ちょっと癖がありますが,慣れるとそれほど面倒には感じなくなります。すでに Inquisit を使っていた方は,そのまま Web で実験できますので,お財布との相談ではありますが,一つの選択肢になると思います。

※ 今は,表にはバージョン番号が出てないのですかね?URL  からバージョン 6 だということはわかりますが。

Qualtrics

調査編の方で取り上げた Qualtrics も,実は使いようによっては実験で使えます。

まず,刺激の呈示で鍵になるのは,呈示時間が決まっているか,それとも参加者の都合で必要なだけ見せる(見ることができる)かという点です。通常,特に何も設定しない場合は,刺激は,参加者が「次へ」ボタン(設定によりますが → とか >> で表示されています)をクリックしない限りずっと呈示されたままです。

認知実験では,刺激の呈示時間の制御が必要になることが多いですが,そのような場合は Qualtrics にある Timing  というタイプのクエスチョンを刺激の後に追加すれば良いです。

画像1

上の例だと,+ という刺激の後に,Timing という Question Type が置かれていて,参加者は表示後3秒間は反応ができない (Enable submit after -> '3' sec. ) が,画面は1秒後に自動的に次へ移行する (Auto-advance after -> '1' sec.) ようになっています(ちなみに,同業者の方は見てわかると思いますが,ここでやっているのは注視点を 1 秒呈示するという処理です)。ただ,見てわかるように,秒単位の設定しかできませんので注意が必要です。


Timing の本来の使い方は,回答にかかった時間を測定するというものです。表示単位は秒になりますが,私の理解が間違ってなければミリ秒単位の精度で測定できます。さて,このように反応時間を測る場合は,PCで実験する場合,だいたいキー押しで反応とりますよね。ポズナーの注意の捕捉実験のような単純反応だけでなく,反応に応じて正解不正解が発生するような実験(フランカー効果とか)だと複数のキーも必要です。これをマウスクリックで回答を選択するようにしてしまうと,余計な動きが入るのでさらに反応時間にノイズが混入します。Qualtrics は,そのままだと回答を選択して,次へ進むボタンをクリックしないと反応したことになりません。さて,困った。

実は,これを解決する方法もあります。Qualtrics では,javascript を埋め込むことができるので,そこに

Qualtrics.SurveyEngine.addOnload(function()
{
	/*ページが読み込まれたときに実行するJavaScriptをここに配置してください*/
$('Buttons').hide;
   if(window.location.pathname.match(/^\/jfe[0-9]?\/preview/)) {
       $(this.questionId).select('input').first().focus();
   }   
   var that = this;

   Event.observe(document, 'keydown', function keydownCallback(e) {
       var choiceID = null;

       switch (e.keyCode) {
           case 70: // f' was pressed
               choiceID = 1;
               break;
           case 72: // 'h' was pressed
               choiceID = 2;
               break;
       }

       if (choiceID) {
           Event.stopObserving(document, 'keydown', keydownCallback);
           that.setChoiceValue(choiceID, true);
           $('NextButton').click();
       }
   });
});

なんて感じのコードを埋め込むとできちゃいます。上で何をやってるかというと,ページが読み込まれた段階でボタンを非表示にし,キー押しを監視するよう設定します。キー押しがされた時に,それがキーコード 70 (F キー)の場合と 72(H キー)の場合のみ choiceID という変数に値をセット(これが選択結果になります),で変数に値がセットされたことを反応があったことと見做して,監視終了,次のページに移る(次へボタンがクリックされたのと同じ状態にする),という処理です。これを刺激呈示画面の javascript として登録する,という流れになります。ちなみに,Qualtrics  のプロジェクト編集画面上は,こんな感じ

スクリーンショット 2020-04-07 15.24.54

ちなみに,私と共同研究者で行った実験で使ったものから,フランカー課題と処理水準課題だけピックアップしてダウンサイジングしたものを以下に置いておきます。Qualtrics フォルダにある,qsf という拡張子のついたエクスポート用ファイルですので,Qualtrics をご利用の方はインポートしてご覧くださいませ。

javascript は無料版では使えなかったような気がしますのでご注意ください。

ちなみに実験の出典は↓になります。ファイルの公開を快諾していただいた共同研究者に感謝。

Gorilla.sc

割と最近に始まったオンライン上の実験環境構築サービスです。

まだユーザー登録だけして実際には使ったことはありませんが,サンプルをみるとかなり色々できそうです。試しにサンプルの中にあるフランカー課題を,そのまま複製してプレビューだけしてみましたが,スムーズに動きました。実験の編集画面も,Edit モードに入らないと内容の修正がされないなど,うっかりミスを減らすような工夫がされているように思います(Qualtrics だと,中身を見るときに,ついつい間違ってキーを押して内容を変えてしまうことがありますよね。ありませんか?)

大学ドメインのメールアドレスでユーザー登録をすると Academic プライスが適用され,記事を書いた 2020/04/07 現在で参加者1名につき $1.08 となっています。つまり,このサービスは固定料金制ではなく,データをとった分だけかかる従量課金制ですね。今の為替レートだと1名あたり約118円,授業で使う場合は×人数分かかる計算です。履修者が70名くらいいると1実験につき 8,300円くらい。あとは,大学の経費から出せるかどうかといった点が問題かもしれません(研究用途は良くても教育用途はダメ,という予算もあるでしょうし)。お金の問題がクリアされれば,多分ですが,ほとんどコードを書くことなく,ブラウザ上でほぼ全ての作業が完了しそうなので,プログラミングちょっと苦手,という方には良いかもしれません。

Labvanced

こちらも同じく,基本的に Web で完結するタイプのオンライン実験環境構築サービスです。

こちらも,Gorilla.sc と同様実験の作成とデータの収集が,全て Web 上で完結し,テンプレート(というか,実験ライブラリですかね?)を見る限りでは,こちらもいろいろと出来そうです。

Gorilla.sc とは,料金体系がちょっと違っていて,Gorilla.sc のような従量課金制 (1人あたり1.29€) か,期間ライセンスを選択できます。期間ライセンスは長いほど割引され,1ヶ月だと148€,3ヶ月だと333€,1年だと888€です(個人契約の PREMIUM アカウントの場合。アカウント作成数が無限の LAB/Department ライセンスもあるようです)。無料版の FREE -> PREMIUM -> LAB の順で使える機能が増えます。ちなみに,FREE だと,テンプレートが公式のものしか使えない,1度に1つしか実験できない,ディスク容量の上限が 300MB,1ヶ月あたり10反応しかとれないといった制約があります。ですので,実際に使うとなると,無料アカウントをとって従量課金制にするか,期間を決めて PREMIUM ライセンスにするか,といったあたりでしょうか。短い期間に実験をまとめてやってしまうことができるような場合は,PREMIUM ライセンスの方が却ってお得かもしれません。

次回は無料ソフトウェア編です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?