僕がインターネットニュースを変革する株式会社アクシオンテクノロジーズを創業するまでの経緯

僕がインターネットニュースを変革する株式会社アクシオンテクノロジーズを創業するまでの経緯

こんにちは、株式会社アクシオンテクノロジーズの代表取締役の吉田拓史です。今回は、僕がこの会社を創業するまでの経緯について書いてみたいと思います。もともと、会社のビジョンに書いた内容を更に推敲を加えてわかりやすくしたつもりです。

人生には常にトレードオフがあり、さまざまなものを失う代わりに、僕が人生の資源を注いできたのが、「正しい情報流通を作る」という使命(ミッション)でした。その使命を形作った道のりとはどのようなものか。それでは、この会社が開始されるまでの経緯を説明したいと思います。

インドネシアでSNS作戦に直面

2010年、僕は大学を卒業し、インドネシア・ジャカルタに拠点を置く邦字新聞社「じゃかるた新聞」で記者として働き始めました。じゃかるた新聞はスハルト独裁政権崩壊直後の1998年に毎日新聞で東南アジアの各支局長を歴任し、国際的なスクープを出したこともある草野靖夫さんらによって設立された新聞社です。この会社の記者は、大学や大学院を卒業してそのまま来た人が中心でした。じゃかるた新聞で2、3年間修行をして、日本の新聞社やメディア業界に転職するのが典型的なルートです。草野さんが、若者を育成し、日本のメディアに人を送り込むことに熱心だったので、自然とそういう目的を持った人が集まっていたようです(最近は変わり果ててしまったようですが)。

僕は数少ない例外でした。中学生の頃から新聞をスクラップしていたし、学生時代に新聞社の本社でアルバイトをしていたし、メディア業界に人材を輩出している大学の学部を卒業をしてもいましたが、むしろ業界の内実を知りすぎてしまっていて、定年退職寸前の窓際族のようなひねくれた視点を持っていました。では、なぜその会社に入ったかというと、閉塞感が漂っていた日本社会を脱出し、大学のランクにあった企業や官公庁に就職し、課長島耕作のように人生をブルシットジョブに捧げるというレールの外に出たかったからです。しかも、草野さんの下にいるだけで日本のメディアに就職するという保険は担保することができます。悪くないベットでした。

しかし、インドネシアはあまりにも面白すぎました。そして記者証があれば、大統領官邸、経済団体の会合、マフィアの棟梁の家、国際会議等などに入り込める記者職は想像を絶するほど楽しかったです。好奇心が先にあり、知識を得て興奮し、ついでに記事を書く、という仕事ぶりでしたが、僕は他の人より働きすぎたので、嫌がられていた面もあったでしょう。

(写真キャプション:8月17日の独立記念日の大統領宮殿式典で記念撮影、2011年8月)

やがて転機が訪れました。それは政治担当記者として、2014年のインドネシア大統領選挙にずっと張り付いていたときのことです。当時のインドネシアのインターネットは誤情報キャンペーンのなかにすっぽり包まれていました。選挙戦が激化したとき、フェイクニュースやヘイトスピーチ、陰謀論はソーシャルアプリ、メッセージングアプリ、SMS、電子メールで洪水のように溢れました。誤情報はマスメディアにも継続的に現れました。

「とある候補者」には米系の政治コンサルティング会社が付いていました。コンサル会社は、他の発展途上国ですでに著しい効果を上げているSNS作戦を提案したと言われています。その候補は、陸軍特殊部隊出身であり、彼がクーデター未遂を起こしたり、学生運動家の狙撃を計画・指示したりしたことが裁判文書に記録されています。つまり、このコンサル会社が助言したSNS作戦を大規模に実行する手段には事欠きませんした。その結果、インドネシアのソーシャルメディアはヘイトとフェイクと陰謀論の溜池になりました。「空中戦」はマスメディアでも実行されました。その候補の支援する政党の党首たちはインドネシア地上波テレビ局の大半を所有していたからです。やりたい放題でした。

問題のひとつはフェイクニュースが常に人種差別的または宗教差別的であったということでした。 それはインドネシア、すなわち少なくとも300の民族と6つの宗教からなる「想像上の共同体」にとって非常に危険でした。私はインドネシア語を流暢に話し、インドネシア人の友人をたくさん持っていました。 それで、私はインドネシアの有権者とほぼ同じ状況を経験することができました。 それは悪夢でした。

大統領選挙のように人々が2つの異なる結論に対して感情的になっているときに、誤った情報を配布し人々の感情を刺激することによって、人々の意思決定プロセスに影響を与えるのはとても簡単だと僕は理解しました。この考えは後になって、2016年のアメリカの大統領選挙とイギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票でより、確実性を伴うものになったと僕は考えています。それ以外にも世界中のあらゆるところでインターネットを使った政治介入の履歴が積み上げられてもいます。

(写真キャプション:2014年大統領選挙で当選したジョコ・ウィドド大統領候補㊨とユスフ・カラ副大統領候補㊧。SNS作戦は彼らではなく、彼らの対抗候補が採用した。僕はカラさんには「キミはバスケットボール選手か」とからかわれたことがある)

これらのことは「特定の状況では、第三者がモバイルを介して人々の意思決定に介入できる可能性がある、そしてその結果、社会的な合意や政治権力のあり方が、第三者によって操縦されてしまう可能性がある」という恐ろしい可能性を示唆しています。

デジタル広告ビジネス側から問題を深く捉える

実際には、この考えに自信を持つまでには、僕はさらに旅をする必要がありました。僕は、大統領選挙の予測で日本筋では群を抜く活躍を見せ、さらに、政府のガソリン補助金に絡む大型汚職に関する国際的なスクープをマイナーな新聞に載せるという快挙に成功しました。この結果、ジャカルタに「居住しづらく」なりました。早急に「次」について考える必要がありました。

さまざまなことが頭の中を去来しました。大統領選挙や誤情報キャンペーンの経験、5年間にわたるインドネシアでの体験、従来型メディアの限界、インターネットが牙を向いたときの毒性、そして日本的システムの中で自分が報われない存在であることの確信などです。結果、日本でメディア企業を起業しようと思いました。しかし、この望みは、創業メンバー間の思想の違いのせいで成就しませんでした。

その後も苦労の連続でした。僕のインドネシア時代のジャーナリスト、分析者としての仕事は他を寄せつけないものであり、凱旋将軍のような気持ちで日本に帰ってきましたが、日本は完全な異国で、ほとんどの場合、私の実績は受け入れられず、それどころか、しばしば東南アジアで「沈没」していた「得体の知れないバカ」という屈辱的な扱いを受けることになったのです。また、アジア帰りの僕は、日本人の心にはアジアへの差別が染み付いていると実感する場面に多数ぶつかりました。僕はいまでも“日本人”のこういう性質が好きになれません。

しかし、世界は不思議なもので、エジプトから追い出された流浪の民となった僕は、最終的に正しいところに着地しました。僕は米系デジタルマーケティングメディアのDIGIDAYの日本版を創刊する会社で編集者の仕事に就くことになりました。この仕事は、デジタルメディアの裏側にある広告技術(アドテクノロジー)や、より広範なデジタルマーケティング全般、それからインターネットサービスの設計、ビジネス、競争、戦略等を学ぶのにはうってつけでした。僕はインドネシアの選挙であれほどの惨状が起きた背景をあっという間に学ぶことができました。そこはとてもユニークな会社で、さまざまな難しさの中で常に血を流し続けることになりましたが、それを差し引いても得たものが大きかったです。

デジタルマーケティングの視点から社会や政治への影響を眺めたところ、とても簡単な結論が得られました。それは、インターネット・コンテンツの流通を広告で収益化すると大きなダウンサイドに苦しむことになる、ということです。膨大なユーザー生成コンテンツ(UGC)をさばき、それをお金に変えるには、広告がふさわしいことは確かです。しかし、広告は脊髄反射的に人の関心を引くコンテンツを優遇します。芸能人の不倫、差別的な言動、「ドナルド・トランプがローマ教皇の指示を得た」…というようなものです。クリック回数は少ないものの別のものさしで価値が高いとみなされるコンテンツは、広告モデルの上では「クリック数を稼げない役立たず」とみなされます。

2016年の米大統領選がトロール(扇動)の嵐の中で終わり、それをめぐってテクノロジー業界の人々が活発に議論をしていました。中にはMediumのエヴァン・ウィリアムズのように広告ビジネスを畳んで、サブスクに転換する人も現れました。それらを見ながら、僕の中では、アラブの春頃から始まったモバイルの激震が、2014年のインドネシア大統領選挙のように新興国・発展途上国でその激しい副作用を見せ、それがついに先進国の民主主義を直撃した、と理解しました。歴史の転換点が来た、と思ったわけです。

最終的に、僕は2017年9月にその会社を辞し、アクシオンを個人プロジェクトの形で開始しました。動画メディアとしてベンチャー村からの資金調達を目論んでいましたが、僕はベンチャー村が持つムラ社会的な論理とその短期主義的な慣行にはまだ十分な知識がありませんでした。ここから涙なしには語れない波乱万丈が始まりましたが、これは別の機会に書こうと思います。

(写真キャプション:開始した頃の写真。新宿区のオフィス兼自宅にて、2017年)

携帯電話を手に入れた人類にどんなメディア消費が望ましいか?

現代のメディア消費は、テレビ、ラジオ、新聞などのマスメディアタイプから始まりました。 このタイプは、権威者が情報を人々に配布するのに非常に効果的な方法です。 権威が誤った意図を持っているか、または一定の質を満たした情報を生成する能力の欠如に苦しんでいるとき、マスメディアはとても危険な装置と化します。 あなたは人間の歴史の中でメディアが人々を戦争に駆り立て、独裁体制を築くために使われてきたことを知っているでしょう。

商用インターネットが登場した後、ネットワークタイプのメディア消費が登場しました。 今日の人々はコンテンツを生成し、自分で簡単に配布することができます。 モバイルは人々の間でのメディアの生成と消費にあなたを駆り立てています。これは革命的でした。しかし問題がありました。 この情報配信ネットワークは、フェイクニュースを流通することを意図する攻撃者に対して非常に脆弱であり、世界中でさまざまな事件が起こりました。

下の図は「スケールフリーネットワーク」と呼ばれます。一部のノードが膨大なリンクを持つ一方で,ほとんどはごくわずかなノードとしか繋がっていないようなネットワーク構造のことです。膨大なリンクをもつノードが邪悪であったり、情報分析の力に欠けていると、簡単に誤った情報が流通します。同時に行動する多数の邪悪なノードこそフェイクニュースが大量に流通する主要な要因だった、というのは有力な説です。

解決策は重要な情報流通の要所であるノード(結節点)を賢くすることです。情報を選択し、それを高付加価値のエッセンスに変換する「スマートノード」をネットワークのなかに構築することです。ノードは広く配布されている情報をコミュニティの言語に翻訳し、情報ネットワークに属する人々の利益を生み出します。

これはそれほど新しいことではありません。 人類の歴史を紐解くと、本、書店、図書館、雑誌などがそのような役割を果たしてきました。 しかし、商業インターネットが生まれ、情報流通の革命が起きた後でも、この役割を効果的に果たす有力な手段はまだインターネット上に構築されていないのです。

誰もが良い情報に出会い、それを長期にわたって触れて賢くなると確信しているのであれば、さまざまな人々の意思決定でできた社会がより良いものになるでしょう。意思決定時に得られる情報の質が向上すれば、人々の意思決定プロセスは明らかに向上します。

それだけでなく、意思決定を改善することは、意思決定から得られる報酬と、意思決定およびその執行からの学習効率の向上によって、人間の進化を加速することができます。私はこれらの仮定からこのようなビジョンを定義しました。

「人類をあらゆる制約から解放し、その幸福の追求を最適化する」

このビジョンを達成するために私は株式会社アクシオンテクノロジーズを創業しました。プロジェクトの開始から4年が経とうとしている今もこの考えに変わりはありません。

株式会社アクシオンテクノロジーズ 代表取締役 吉田拓史



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記者、編集者、ビジネス開発、プロダクトマネージャー、ウェブエンジニア、経理、法務の百人力。早大政治経済学部卒、東南アジアで新聞記者、米系デジタルマーケティングメディアDIGIDAY日本版創業編集者を経てaxionを創業。