父の命名ノート
姉が2人と兄が1人、私を含む4人兄弟の名は全て父が命名した。
名前を考える際に姓名判断の本を参考にしていて、それらをまとめたノートが今も実家に残っている。姓名判断の本は処分したのかあるいは誰かに譲ったのか、家のすっかすかの本棚にはなかったと思う。
占いの類はすべて統計学やバーナム効果を用いたまやかしだと思っていて、姓名判断もご多分に洩れず信じていない私だけれど、父が書いたこのノートは好きで時折読み返すことがある。
1人あたり見開き2ページで構成されていて、左側にメモ書きや名前の候補、右側には決めた名前と画数に基づいた診断結果が書かれていた。長子から末子まで、統一感をもってまとめられたそれに父の几帳面さが窺える。
咲、早紀、紗季…どうやら父は私にサキという名前を付けたかったが、苗字と組み合わせるとあまり良い画数ではなかったようだ。左のメモ書きにはサキとサエ、サオリ、カオリ、そしてミサキ・・・またサキだ。結局サキちゃんのことは諦めたのか、右のページには大きく縦書きで私のフルネームがどっしり鎮座していた。それを取り巻くように運勢が書かれている——家庭運:△、健康運:◎、金運:〇、性格 ——
「外面のいいタイプ!」
そとづら…!娘の性格を表現するのに適した言葉だろうか。初めてこれを読んだときはそんなあけすけなこと子どもに願うなよと独り言ちたが、父はお世辞にも外面がいいとは言えず無口でとっつきにくく友達がいない。休日はずっと家にいて、まるで姑のように母の一挙手一投足にケチつける陰湿な性格、もう一度言うが本当に友達がいない人なので、せめて娘には周囲と仲良く楽しく暮らしてほしいと思ったのかもしれない。
ひとつ前のページ、2才年上の兄の性格を見てみると「真面目で努力家!コツコツ頑張るタイプ!」と書かれていた。その隣には向いてる職業「海外と縁のある仕事。語学を集中的に学ばせると吉!」とまるでおみくじみたいな一言が。
実際に兄はその道に堪能で語学力を活かした職についている。性格もコツコツと真面目だ。当たりすぎて怖い。いやいやバーナム効果だバーナム、ナム南無…。手を合わせたくなるが正気を取り戻しそっと私のページに戻る。職業欄に目を走らせた。
「聞こえのいい横文字の職業に就く!モデル!デザイナー!エンジニア!!」
なんだか姉や兄の時に比べ遠慮のなさに磨きがかかっているような気がする。勢いよく書かれた感嘆符「!!」もいちいちうるさい。
“聞こえのいい”、“横文字”の。当時の父の煩悩とコンプレックスに息をのんだ。
そして恐ろしいのは現に私はデザイナーなのでこの姓名判断がかなり当たっているということ。参考にした本がすごいのか、若しくは父の執念が育児や教育に滲み出ていたのかもしれない。恐るべき野望達成率。
最後に、兄弟それぞれのページの締めに父の願いが一言添えられている。
私のページには「想像力豊かな優しい子に育ちますように」と記してあった。この一言から、普段はとっつきにくい父の繊細で穏やかな一面が垣間見えた。
残念ながら父が望んだ想像力は「昔サキって女と何かあった?」と変な勘繰りに発揮されてしまっているが、私はとびきり優しいので本人に直接聞かないでおく。
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