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「破局」遠野遥先生

※ネタバレを含みます。閲覧にはご注意ください。
※あくまで個人の感想・書評です。

・第163回芥川賞受賞作
・約188枚

完璧な大学生が迎える、『破局』とは。

 「破局」って、厳密には「男女が別れる」という意味ではないの、ご存知でした?
 デジタル大辞泉で調べると、

事態が行き詰まって、関係・まとまりなどがこわれてしまうこと。
また、その局面。悲劇的な終局。

と、書かれています。
 私も最初は、単純に「男と女が別れる話」なんだろうな、と思って読み始めました。まあ、結果的にそうだったんですけど(笑)。でも、それだけじゃない「破局」がありました。

 主人公は有名私立大学4年生の「陽介」。日々筋トレにいそしむマッチョボディの持ち主であり、女性関係を(ほぼ)切らしたことがないモテ男。公務員試験も合格し、「なんじゃコイツ」と思うほどのスーパー大学生です。彼は政治家を目指す「麻衣子」という恋人がいましたが、新歓で出会った大学1年生の「あかり」と出会い、そこから話は始まります。陽介の一人称視点で、淡々と日々が語られていきます。その日々が、なんとも奇妙なのです。

 完璧に見える陽介には、「ジブンルール」があります。「女性には優しくしなくてはいけない」「悪い奴は裁かれなければならない」など、一見すれは普通なことです。でも、陽介はあえてそれをルールとして課しています。つまり、「ルールとして自分に課さなければ、自分はそう思わない」という裏返しにも見えます。陽介は日々自分にルールを課し、完璧な大学生を演じることで、直情的な内面を抑えているのです。しかも、本人は演じているとは思っていません。
 それが演じられなくなり、物語の終末で「破局」を迎えます。なんとも奇妙、そしてなんとも虚無な末路です。

芥川賞受賞理由は、「新しいストーリーの型」をつくったから?

 読み終えた後に様々な人の批評を見ると、まあくっきりと評価が分かれること(笑)。「鬼才だ! 新時代の小説だ!」という人もいれば、「これが芥川賞だなんて日本文学は終わりだ」なんて声もありました。

 正直、私も構成はあまり好みではなかったですね。読みやすくはあったのですが、けっこう無理やり話を進めるなぁと感じる部分があったな、と。「未成年の彼女の性欲が爆発して若い盛りのマッチョマンがフラれるって、彼女どんだけやねん」ってなりますし(笑)。

 ただ、「この小説、凄い」と思うところがあるんです。
 この「破局」、従来のストーリーの型とは全く異なるアプローチをしているなと気づいたんです。

 小説を書かれる人ならピンとくるかもしれませんが、従来のストーリーの型って下図のようなものが多いと思います。

スライド1

 それに対して、「破局」のストーリーの型は下図。

スライド2

 おわかりになりました?
 従来の型では、「主人公が変化するから面白い」んですよね。スタジオジブリ作品「千と千尋の神隠し」でも、臆病だった主人公が様々な登場人物・出来事に相対することで最後には成長する、という物語です。このように、主人公を変化させることが従来型です。

 「破局」では、主人公はまったく変化しません。置かれる状況は変わりますが、性質の部分は何も変わりません。最初から最後まで一貫しています。対して、そんな主人公の周囲の人々は次々と変化を遂げていきます。無垢だった灯はセックスに溺れるようになり、麻衣子は主人公にフラれ自暴自棄に。大学の友人・膝はお笑いを止め、就活を前向きに受け止めようとする。それぞれ違いはあれど、主人公に影響を受けて変わってしまったのです。

 このストーリーの型はかなり新鮮で新しいものではないでしょうか。どうでしょうか。詳しい方、ぜひ教えてください。

「もう少し親しみを持っていただけたら」の意味。

 遠野先生は芥川賞受賞のインタビューでこうおっしゃったそうです。(以下、インタビューより抜粋)

遠野先生:
「SNSとか、書評とか拝見していると、主人公の性格がちょっと変わってるっていうふうにいわれてるのをよく見ていまして」

記者:
「そこはわりと選考委員の間でも、自覚的に書かれてるのか、あまり自覚せずに、ある種、ナチュラルに書かれているのかというような、書評が割れたみたいですけど。」

遠野先生:
「全然、自分ではそんな変なキャラクターにしようとか思ってなくて、逆に、もう人によっては結構、気持ち悪いとか、共感できないとか、怖いとかおっしゃるんですけど、そんなふうに書いたんじゃないのになって思いますね。」
「もう少し親しみを持っていただけたらと思います。」

 ・・・・・・え?
 って思いません? あの陽介に? 親しみを持つ? ???
 ナイナイ、そんなの無理無理! 笑

 と、私は読後思ったんですよ。でもよくよく自分を振り返ってみると、私もあるんですよね、「ジブンルール」。みなさんもありませんか? 「ミルクティーを作るときは紅茶8:ミルク2」とか、「家を出るときはリモコン類を机の上に置く」とか。どちらも私のルールなんですけど。
 でも人間なら、執着の違いはあれど、あるんではないでしょうか、ジブンルール。そして、ジブンルールを自分に課していると感じている人が何人いるんでしょうか? 気づかずにジブンルールを課し、そのような自分を演じているのではないでしょうか?

 それに気づいたとき、遠野先生の言葉がリフレインするのです。「もう少し(陽介に)親しみを持っていただけたら」という言葉が。そう思うと遠野先生は、人間が気づかないほど人間の解像度高く書いているんじゃないか? と思ってしまうのです。

 私の深読みなのか。本作は「傑作」なのか、「駄作」なのか。
 みなさんも読んで確かめてください。

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