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「陰陽師 女蛇の巻」 夢枕獏先生

※ネタバレを含みます。閲覧にはご注意ください。
※あくまで個人の感想・書評です。

昭和・平成・令和と愛され続けて16巻目!

 と、文春文庫版の裏表紙に記載されていました。それを見て「え!? もう16巻目!?」と驚く私。陰陽師シリーズは(おそらく)もれなく読んでいる私ですが、そんな時の長さを感じない、新鮮な内容となっておりました。

 陰陽師シリーズを知らない読者の方にご説明すると、このシリーズは平安時代に生きた陰陽師・安倍晴明(あべのせいめい)が、貴族で晴明の親友の源博雅(みなもとのひろまさ)とともに霊や鬼が起こす難事件を解決していくお話です。

 バディものとも言えますが、ここは議論がおこるところかもしれません。というのも、安倍晴明が最強主人公なので、源博雅は安倍晴明について現場に行ったり、たま~に手伝いをするくらい。冷静沈着な安倍晴明とは違い、源博雅は情に厚く、霊や鬼の出現にビビることもしばしば。
 しかし、私はこれはバディものと位置付けたいと考えています。なぜなら、源博雅は安倍晴明の精神的支柱とも言えるからです。この巻に収録されている「塔」に、下記のような晴明の台詞があります。

博雅よ、おまえが、この世にあるそのことが、それだけで意味なのじゃ。それが、この晴明にとって、何ものにもかえがたいものなのだよ。ただ、そこにいる、それだけで、このおれにはありがたい。

 このように、晴明にとって博雅の存在は何ものにも代えがたい貴重なものであることがうかがえます。そして博雅も晴明をよき友とし、縁側で一緒に酒を飲む仲です。

 長くなりましたが、陰陽師シリーズを読んだあとに私が感じるのは、「いつも通りの二人がそこにいてくれる」という安心感です。一部の方にはマンネリに思えてしまうかもしれませんが、少なくとも私はそう感じません。季節がまた巡ってくるように、二人もまた同じ姿を見せてくれることが、私にとって何より嬉しく、楽しいことなのです。

今巻のベスト・ストーリーは「墓穴」!

 私の今巻のベスト・ストーリーは「墓穴(つかあな)」です!
 今回の事件の舞台は京ではなく、近江。きよひよという名の男が故郷に帰る夜に天候が崩れ、しばらく真っ暗な墓穴で休むことにします。そこに人が入ってきて、何かを食べている音がします。声をかけようとすると人は驚いて出て行ってしまったよう。翌日、夜が明けて何を食べていたのか確かめるとそれは人肉でした。それからきよひよは体調を崩し、その話を聞いた晴明と博雅は事件の話を聞いて近江まで出かけて……というストーリー。

 まず、二人が近江まで出かけて事件を解決しようとするのが新鮮ですね。いつもは京の貴族の屋敷などで起こる事件が多いのですが、今回は知り合いのつてで遠征しています。この話だけでなく、今後の展開として平安京以外の場所へ行く機会が増えると、話の幅も広がってより楽しくなりそうです。

 そして、庶民同士の愛が描かれているのもいいなと思いました。普段から、貴族同士のやんごとなき恋愛は描かれることは多いのですが、今回の事件では琵琶湖で漁師をやっている老齢の夫婦が登場します。その二人のお互いへの愛がストレートと言いますか、長年連れ添ってきたからこその愛があって、すごくしみじみとしてしまいました。物語の核心に触れてしまうのでこれ以上は言いませんが、ぜひ読んでほしい一編です。

本当の鬼は夢枕獏先生では……?

 いきなり失礼な物言いをしました。しかしながら、あとがきを読むと夢枕獏先生のすごさがわかります。
 2018年当時で67歳でいらっしゃる先生。35年続くシリーズを精力的に書き続けていらっしゃることにまず驚きます。そして当時連載されていたのはなんと12本! 「2019年には16本に増える予定」と書かれています。な、なんて驚異的な数字……!

 全盛期には月800枚(約320000字、単行本3~5冊分)書かれていたそうですが、今はそんなに書けなくなった、ともおっしゃっています。しかしそんな衰えを感じられている中でも、

物語へのあこがれというか、未練というか、恋というか、たぶんそんなものだ。やりたいことは、大量にある。

と、書くことへの意欲は尽きないそう。
 夢枕獏先生とは比べ物になりませんが、私も小説を書く者として、この気持ちはすごくよくわかりました。やりたいこと、書きたいことはたくさんある。それを全力疾走で体現しつづけているのが、夢枕獏先生のすごさなのかもしれません。

 そんな先生が、あとがきの最後で「うーん、もうちょっとぶっ飛びたいのだけれどねえ。」とおっしゃっているので、次回作にも期待です!

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