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Henning Schmiedtを聴きながら思い出す、コーヒー屋さんのこと

「これくらいの豆の挽き方で…、この容器でこんな感じに淹れると…」

コーヒー屋さんで店員さんから教えてもらったように、ガァァァァと豆を挽き、コポコポとお湯を沸かして、ぐるぐるさせながらコーヒーを淹れる。
そして、店員さんに教えてもらった音楽を流してみたりする。

ボケーっと椅子に座りながら、カップからゆらゆらと漂う煙をみながら、窓から見える外の景色を眺めたりする。


その人は、コーヒー屋さんの店員さんだった。
そのお店は、とても小さい店舗で、少しお高めなコーヒーだったけれど、とても美味しくて時間の流れがゆっくりと過ぎていった。
小さなスピーカーから、軽やかに聴こえてくるピアノの音は、いつも変わらず同じメロディが流れてきて、でもいつも初めて聴くような気がした。

「この音楽は…」、と教えてくれたその店員さん。
そして教えてくれたCDショップから繋がった、好きの音楽の数々。
いったいあのひとは、いまどこでなにをしているのだろう、とコーヒーを飲みながら時々思うことがある。

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初めての出会いは、コーヒー屋さんが入っている施設で毎年開催されているイベントを見にいったときのこと。
人混みが苦手な私にとっては、夕方から夜の人が少ない時間にこっそりと行くのが毎年の恒例だった。
その日も、いつものように、ふらふらーと歩いて、写真をパシャパシャして、少しゆっくり眺めてから帰ろうと思っていた。

パシャと写真を撮っていたら、後ろから「綺麗ですよね〜」なんて声をかけられた。
服を買いに行っても、靴を買いに行っても、店員さんに話しかけられないように影を薄くして、なるべく存在感を消そうと心がけているし、仮に店員さんが寄ってこようものならばその空気を察して、先回りして逃げる。
が、スタイルの私にとって、その声は思いがけないものだった。

むしろ、私にかけられた声なのか?、と最初は疑ってしまった。
そうですよね〜、あはは…。なんて、動揺して当たり障りのない言葉しか出なかった。

人生で初めて、店員さんに後ろから声をかけられた。
いや、人生で初めて、店員さんに声をかけられた

それが、その店員さんの第一印象だった。

それから、ちょっとした用事もあって、自然とそこのコーヒー屋さんを利用する機会が増えた。
店内で飲食ではなくて、コーヒー豆を買っては帰るだけ。
その店員さんと出会うのはいつも、ではなかったし、いついるのかも知らなかった。

でも、他の店員さんと話をするのも好きだった。
ふわっとしたような柔らかさと、心地よい距離感。
それが店員さんに共通していたものだと思う。

心地よい時間が多くなると、不思議なもので自然とお店でコーヒーを飲む時間が増えた。
限りある時間の中で、少しずついろんな話をした。

今日は良い天気ですね、お客さん増えて大変な時期ですね、そろそろ寒くなってきそうで…。
当たり障りのない、なんてことはない日常の会話の一つ一つ。
そんな中でも、他愛のない雑談で笑ったり、少し心が救われたりする時間ももちろんあった。

何も話さず、注文だけしてボーッと窓から外を眺める時間もあった。
ときには、コーヒーの淹れ方や、コーヒー豆の話を詳しく話してもらえることもあった。

そうしていつしか、人が少なくなった時間にこそっと訪れてはゆっくりした時間を過ごすことが、当たり前になった。

そんな頃に、いつも店内で同じBGMがループするように流れてることに気がついた。
なんてことはない、ピアノの音だけの音楽。
でもいつ来ても、飽きることのない新鮮に聞こえてくる音。

たまたま、その店員さんがいた時にレジでコーヒーを頼みながら訊いてみた。

いつも店内で流れている音楽って、誰がセレクトしているんですか?

その店員さんの横にいた店員さんが、「あぁ、彼が選んでプレイリストをつくってくれるんですよ〜」と教えてくれた。
その店員さんは、少し照れくさそうに、前の職場の話や通っていたCDのセレクトショップの話、そして今流れてる音楽のことを楽しそうに教えてくれた。
「そのお店、今は実店舗がないですけどオンライン通販やっていると思うので、よかったら調べてみてください」
と話すその店員さんに相槌を打ちながら、スマホでメモをし、あとでゆっくりみてみよう、なんてその時は思った。

まさかそのお店を調べてから、自分の音楽の感性を刺激され、どんどん好きなものを見つけ、今まで知らなかったことに後悔することになるなんて思わなかった。

その時まで、同年代といつも音楽の価値観が合わなくて、周りにも好きな音楽が同じ人がいなかった私にとっては、好きな音楽の話をすることってこんなに楽しいんだと思った時間でもあった。

その店員さんには、本当にいろんなことを教えてもらった。
そして、その店員さんだけではなくて、そのお店にいた店員さん全員にいろんなことを教えてもらった。
あの月日の思い出は、今も色濃く記憶に残っている。

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そう、あれから店員さんも入れ替わって、今では知っている人は誰もいなくなってしまった。
店内で流れる音楽も、いまどきの少しおしゃれな音楽になってしまった。

人も街も景色も移り変わってゆくもの、それが当たり前のこととはわかってはいるけれど、やっぱり少し足が遠のいてしまって、なんだか申し訳ない気持ちにもなる。

さらにこんなご時世だから、余計に足が遠のいてしまうのだけれど、時々豆を買いに行ったりはする。

買ってきては、ガァァァァと豆を挽き、コポコポとお湯を沸かして、ぐるぐるさせながらコーヒーを淹れる。
「これくらいの豆の挽き方で〜、この容器でこんな感じに淹れると〜」
なんて教えてもらったように、もう何回も、何十回も淹れている。
時々は、コーヒーを飲みながら教えてもらった音楽を、流してみたりもする。

でもやっぱり、お店で飲む味とは、違う。
味も、雰囲気も、なにかが足りない、と思ってしまう。
そんなことを思うのも欲張りな気がしてしまうけれど。

カップからゆらゆらと漂う煙をみながら、少し窓の外を眺めては想う。
いったいあの人は、いまどこでなにをしているのだろう。





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