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女子高生が落としたおにぎりを拾って走り出した、あの夏


みなさんは人が落としたおにぎりを拾ってあげた経験はありますか?

この間、明太子おにぎりをモリモリ食べていたら、ふと高校生の頃の思い出が蘇った。


🚶‍♂️


それは、ぼくが高校2年生のとき。

高校には、電車で通っていた。高校がある駅は地元ではちょっぴり栄えていて、その駅周辺には高校が4つくらいある。色んな制服の学生がその駅で降り立っていた。

当時は夏の初め。夏服に切り替わり、少し汗ばみながらも気持ちは少し爽やかに移ろいでいる朝だった。

ぼくは改札を抜け、駅前の広場を歩き始める。その最中、ブワッと右腕に風のかたまりが突き抜けていく感覚がした。

女の子に追い抜かれたのだ。それも、全力疾走の。彼女は自分の高校とは違う制服を着ていた。バス乗り場までまっしぐらだ。バスの時間に間に合わないのだろう。

彼女がぼくを追い抜いて3秒後、彼女のリュックからポロッと何か落ちた。握り拳くらいのサイズだ。

(あ、なんかゴミでも落としたんかな。気づいてないな、あの子。まったく。)

そんな気持ちでいた。

しかし、彼女が落としたのはゴミじゃなかった。よく見ると、それはアルミホイルで包まれた、かたまり。


…そう。おにぎりだ。

高校生にとって、おにぎり1つの価値は大きい。ぼくは想像した。彼女は昼休みになり、リュックを開ける。(今日、お母さん、たらこ入れたって言ってたな。)なんてワクワクしておにぎりを探す。

しかし、そこにおにぎりがないときの絶望。その絶望は、小テストの勉強ちゃんとしたのに、範囲おもっくそ間違ってたくらい図り知れない。

当時シャイだったぼくは迷った。おにぎりを彼女に届けるべきか。それでも体を突き動かした。勇気という勇気を足の小指まで総動員させ、走り出した。

姿勢をキープしながらおにぎりを華麗に拾い、速度を落とすことなく彼女を追いかける。猫の恩返しで、ハルが猫をトラックから助けたときくらいの疾走感。

「ちょっと待ってください!おにぎり!!」

ぼくの勇気を振り絞った声は届かない。彼女、全然振り向かない。

ラブコメのヒロインみたいな「ちこく、ちこくぅ〜。」みたいな、おてんば走りじゃなかった。彼女は全力で腕を振るい、リュックのひよこキーホルダーがぶるんぶるん暴れるくらいの速度だった。彼女は前しか向いていない。今、この瞬間を生きている。

彼女はバスになんとか間に合い、乗り込んだ。乗り込んだ瞬間に、ぼくも追いついた。

バスの乗車口で息を切らしながらも、安堵する彼女。ぼくはバスの外から話しかける。

「あの…えっと…。おにぎり…落としましたよ。」

ぼくは、このシチュエーションにドキドキしていた。他校の女子に話しかける機会なんてないし。

「…ありがとうございます。良かったら、お礼させてください。あっ、今度文化祭があるんです。良かったら遊びに来ませんか?」

みたいな返しきたら、どうしよ〜!とか妄想した。完全にアホ。けど、男子高校生ってそんなもんだよね。

そんな脳内お花畑状態から、落ち着いて彼女の顔を見る。



彼女、ドン引きの顔。

なんで!?

嬉しさとか恥ずかしさとか微塵も感じさせない表情。なんなら怯えている。

そう、彼女はおにぎりを落としたことをまったく気づいていない。バスに乗り込んだら突然、少年にアルミホイルのかたまりを提示されたのだ。「これ、あなたのだよ。」って。まぁ怖いよね。

彼女が状況を理解するまで、5秒ほどかかった。喫茶店に入って席に着いたけど、店員さんが誰も自分の存在に気づいてくれない5秒より長く感じた。周りの乗客も、不安そうにアルミホイルのかたまりと共に立ち尽くす少年を見つめる。

彼女は状況をようやく飲み込んだ。

「あ…あぁ…。…ありがとうございます。」

とぼくの手からおにぎりを受け取った。エイリアンからの差し入れなんか?と思うくらい慎重に受け取った。

そして、バスの扉は閉まり、ブロロロ…という音を初夏の青空に響かせて走り出す。

空虚に立ち尽くすぼく。人に「いいこと」するって難しいね…。そんなことに心を泳がす16歳の夏の思い出。


どうでもいいけど、最後に一つ。

おにぎりってサランラップ派かアルミホイル派の家系に分かれるよね。ウチはサランラップ派だった。でも、アルミホイル派の友達見ると、なぜか羨ましかった。

なんでかなぁ。

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