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解体ショーをするとマグロ丼一択になるお店

マグロの解体ショーが見たい。テレビを眺めながら、いつも思っていた。

「なぜ見たいの?」と訊かれても、理由を説明するのが難しい。「マグロが好きだから」というのは理由のようで理由でない。好きなものが捌かれていく姿など、本来は見たくないはずだ。

もしかしたら、マグロではなく「捌いていく職人」を見たいのかもしれない。あんなに大きなお魚を相手に、包丁を華麗に舞わせる技術を目に焼き付けてみたい。

まぁそんなことを言いながら、ぼくは未だにマグロの解体ショーを生で見たことがない。でも、もうすぐ見られるかも。きっかけは、いつも偶然の出会いから。





最近、母校の大学図書館へ行くのにハマっている。卒業生であれば、手続きをして入ることができるのだ。

そんなある日。午前中に読書を楽しみ、お昼に外へ出た。学生時代に行けなかったお店を開拓するのも、この休日の楽しみのひとつになっている。

今日はお魚を食べたい気分。スマホでヒットした海鮮丼屋へ、足を運んでみる。

お店は目立った雰囲気ではなく、大きな建物のテナントのひとつとして入っているようだった。学生時代には通らなかった場所だ。

そっと扉を開けると、フィリピンの方と思われるお姉さんに迎えられた。

「イラッシャイ! コンデルカラマタセチャウゲド、ユックリシテッテ!」

「ニコッ」と効果音がつくようなスマイル。当たりのお店を引いたみたい。案内された席につき、店内を見渡す。あれ、メニューがないな。すると、女将さんが話しかけてきた。

「お兄さん! さっきマグロの解体ショーしたからマグロ丼しかないんだけど、いい?」

そんなことある? ここ魚市場とかじゃないよ。大学近くのエリアだよね? どうゆうコンセプトのお店なんだろう。ハテナが頭にどんどんと生えていく。

一択の質問に「はい」と答え、座席に身を委ねた。たしかに、魚市場のような生々しいにおいがする。今しがたマグロが捌かれていたというのか。そんじゃそこらの海鮮丼屋とは、一線を画すような雰囲気だ。

店員さんたちはあくせくと動きながら、お客さんと楽しそうにコミュニケーションをとっていた。

「テイクアウトできますか?」と大学生が店のドアを開けたときには、女将さんが「今待たせちゃうのよ! 天気いいから散歩でもしてきな! 信号渡ったとこにいい公園あるから!」と案内していた。親戚の子どもに話してんのかな、と思う温度感。

しばらくすると、マグロ丼が到着した。

解体されたてマグロ丼

まずは赤身からパクリと一口。弾力がある…! 刺身に対しての感想として適切なのかわからないけど、「ぷっくり」とした感触だった。命のエネルギーが舌を通って身体に流れていく感覚がする。

お次は大トロ。とろけるような旨味が口内で解き放たれ、幸福感が全身を埋め尽くした。お箸がマグロを捉える動きが止まらない。

あっという間に丼はからっぽに。お会計のためにレジへ向かう。すると女将さんが「おいしかった?」とニッコリしてくれる。

最高のマグロ体験だったことを伝えた。なんなら「次の解体ショーはいつなんですか?」と前のめりに訊いた。次回は見るところから参加したい。

「1〜2か月に1回やってんのよ! 決まったら貼り紙しとくからまた来てね〜!」

なんてこった。結構な解体頻度じゃないか。なぜこのお店を、大学時代に見つけられなかったのだろう。

ぼくは転勤時代に「一風変わった飲食店に出会う力」に目覚めたのだけど、都内で久々にそのパワーを実感した。

一歩踏み出せば、心が踊る食体験はいろんなところに溢れているのかもしれない。行きたいお店リストを作っては色を塗りつぶしていく楽しさを、思い出させてくれた。

次回の解体ショーの日程が発表されるのが楽しみだ。それまでに「図書館で本を読んで、マグロが解体されるのを見に行かない?」と友だちに声をかけてみよう。

同志が見つかる気がしなくなってきた。いや、見つからなくてもいっか。1人であろうと、女将さんたちが受け入れてくれる気がするから。

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