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19歳の白馬岳登山とあたたかい出会い(日記リメイク)

昔のパソコンをいじっていると、大学時代に自分が記した文章が出てきた。

「登山記録」。これは登山サークルで記入を求められていたものだ。今後その山を登る人向けに、分岐点や水場、トイレの場所などの注意点を書き記す。

引き継ぎ的な側面が強いのだけど、当時のぼくは「誰々がこんな発言をしていた」などいらない情報を大量に残していた。完全に日記だと思っている。

この登山記録を記事にしよう。ただ、そのままコピペするのはおもしろくない。当時より多少は文章力がついているので、加筆修正することにした。過去の自分を相手に、編集者の気分でテコ入れを。

過去の作品をデジタルリマスター版にするみたいに。名づけて「日記リメイク」。


***


白馬岳(3泊4日) 登山記録

【登場人物】
・ノッポ:1年生男子。高身長イケメンかつイケボだが、ど天然。
・パピコ:1年生女子。なぜ登山を始めたのか不思議なぐらい文化系少女。おしゃべり。
・よさく:2年生男子。山でよくプリンを作ろうとする。
・エコ:2年生女子。小柄でのんびりマイペース少女。口癖は「ちょっと〜」。
・ガーさん:3年生男子。沖縄出身。肌の色もヒゲも濃く、誰がどう見ても沖縄人。
・ミキさん:3年生女子。秋田美人。体力を使うことが嫌い。なぜ登山しているのか謎。

7月31日
出発前日。「明日から登山合宿だ。しっかり準備しないとな」と思いながら家でゆっくりしていると、LINEグループの通知。ノッポくんからだ。

「すみません…15分ほど遅れます!」

え?出発明日だよね。予告してるのかな。15分遅刻を?いや、もしかして出発って今日なのか!?飛び起きて予定を確認すると、やっぱり出発は明日。同じく焦ったメンバーたちにより、LINEグループが荒れている。

ノッポくんが勘違いしているだけだ。彼は30キロの荷物をパッキングし、部室に向かっているとのこと。出発は明日だと伝えると「そうですか!じゃあ地下鉄の旅に出ます!」と謎の発言を残してLINEはおさまった。

出発前から天然を炸裂させている。


8月1日
気を取り直して、本当の出発日。しかし集合時刻にも関わらず、部室にはぼくとパピコしかいない。なんたるマイペース班。ノッポくんにいたっては、無断で15分遅れた。23時間45分前に来ておきながら、当日はこれである。

みんなで食料の買い出しを終わらせ、新宿から高速バスで長野県へ。5時間の長旅である。バスの中ではみんなの子供の頃の話に。

「トカゲのこと、カナヘビって呼ばなかった?」という懐かしトークをしていると、ガーさんが「え?もしかしてジューミーの話してる?」と割り込んできた。怪獣の話はしていない。

「小学校にウサギ小屋ってあったよね」という話の時も「学校の小屋?俺のとこはキジがいた」など、沖縄の独特すぎる文化が露呈されていた。ちなみに、ジャーミーは麦茶のことらしい。

沖縄ネタでゲラゲラしているうちに、バスは白馬町へ到着。街灯が少なく、コンビニも見当たらない。さっそく日帰り温泉へ。サッパリしたあとは、ステビバの準備。

「ステビバ」とは?
ステーションビバークの略。駅の待合室や駅前で寝袋を敷いて夜を明かすこと。大学時代はお金がないので平然とやっていたけど、冷静にとんでもない。

みんなでやれば意外と寝れる


駅のすぐ近くに足湯があったので、パピコとエコと「あっち!あっちぃ!」と言いながら足を湯通しして寝た。


8月2日
5時に起きて、駅前のバス停から猿倉へ。週末ということもあり、登山客だらけ。バスは人と登山道具でぱんぱん。移動中は白馬岳で観察できる植物の紹介アナウンスが流れる。わくわくが少しずつ膨らんでいく。

バスが到着し、猿倉からとうとう出発!最初に目指すポイントは双子岩。でっかい岩がふたつあるのかと思いきや、なんもない。ただ沼地になっていて、サンショウウオが泳いでいた。目が素朴でかわいい。ただ大量の卵はかわいくない。

そこでランチをたべていると、隣におじさんグループが腰を下ろした。あちらも食事をとりだした。すると突然、1人のおじさんがおにぎりを喉に詰まらせた。

かなりむせていたので、心配のあまり「大丈夫ですか?」と声をかける。すると別のおじさんが「いいんですよ。甘やかしちゃダメなんです!」と冷たく言い放った。今は甘やかす場面だと思う。

おにぎりおじさんは無事だったので、荷物を背負い出発。本日のゴールである鑓温泉小屋を目指す。道のりは長いけど、2つの水場を通ることができる。ただ、すれ違った人に「もうすぐで水場だよ〜」と励まされたあと、40分歩いた。嘘つきやん。

ここの道のり、登りが急なところが多い。パピコが体力の限界を迎えはじめた。まずい、どうするべきか。すると、そこへさっきの「のどつまりおじさんズ」が登場。ヘナヘナになったパピコを見て

「今日はどうせ鑓温泉小屋まで行くんやろ?これ持っとき!」

とストック(登山用の杖)を貸してくれた。ありがたすぎる。あんとき声かけて良かった。そこからなんとかパピコも踏ん張れるようになった。

道のりを進めるごとに、山の景色も色を変えていく。だんだんと雪渓も見えるようになってきた。山上から雪を伝って吹き下ろす風は天然クーラー。汗ばむ体をスルリとすり抜けていく。

8月に雪を踏み締める不思議な心地

最後の急登が1番大変だったけど、なんとか今日のゴール、鑓温泉小屋にたどり着いた。最初に見えたのは、乱立するテントとおじさんの裸。

小屋に併設された露天風呂が開放的すぎて、全部丸見えだった。一応混浴だったのだけど、女性陣はみんな中のお風呂へ。メンズたちは恥ずかしながらも露天風呂へ。

2,100mで山脈を眺めながら入るお風呂は、今日1日の疲れを全て吹き飛ばすくらいに気持ちよかった。テント場にいる人から丸見えだったけど。

お風呂から上がると、のどつまりおじさんズに再会。パピコが涙声で「ありがど〜ございましだぁぁ〜」とストックをお返し。

「よぉく頑張ったなぁ〜!」「その笑顔が見だがったんだよぉ〜!」とおじさんたちがパピコを可愛がっていた。ええ話や。

夕飯はエコが豚の生姜焼きを作ってくれた。疲れた肉体にほどよい塩味が染み渡る。

お腹いっぱいで就寝準備。テントの場所取り戦争に負け、ぼくたちが立てた場所はかなり斜めだった。

よって、上の方に寝ていた人がズルズルと下に流れていく。ノッポくんが1番下に寝ていたので、全員の重力を受け止め朝には顔がぺちゃんこになってた。すまん。



8月3日
3時起床。お茶漬けを食べて出発。朝イチから急な登りばかり。途中、ノッポくんの登山靴が岩場にジャストフィットして抜けない事態が発生。大きなカブのように引き抜いた。

最初の登りをクリアすると、かなり景色がよくなってくる。同じタイミングで登っていたもう1つの班と、トランシーバーで連絡を取り合う。好きなCMソングを歌い合うなど、まったく意味のない情報交換をした。

そんなこんなで鑓ヶ岳に到着し、お待ちかねのお昼ごはん!メニューは焼きうどん。しかし、めんつゆを忘れるという失態を犯した。急遽トランシーバーを起動し、もう一つの班に連絡を取る。

「こちらよさく班。応答願います。めんつゆを忘れました。調味料を貸してください。どーぞ」

トランシーバーは便利である。少し先に進んでいた班から、醤油を貸してもらった。

味のあるうどんをすすっていると、近くのおばちゃんに話しかけられた。「あら、あなたたち食べ盛りでしょう?これ食べる?」差し出されたのは山小屋で買えるお弁当。

うどんの最中だったので「あっ、いいんですか…?」と悩んでいると、もう2人のおばちゃんが「私も!」「私のもあげるわ!」と弁当を押し出してきた。手元には弁当が3つ残った。やさしさのオーバーキルである。

おなかをぽっこりと膨らませて、再び出発。しばらく歩くと、のどつまりおじさんズに再会した。パピコが「また会えた!お礼渡さなきゃ!」とオレオを片手に走り出した。結果的におじさんから、かりんとうをもらって帰ってきた。お菓子の交換をしただけである。

そこから歩き切り、頂上宿舎へ到着。計画では、荷物を軽装にしてそこから山頂へ向かう予定だった。しかし、ミキさんが「今日終わりでよくない?明日行くんでしょ?」とクールに言い放った。

確かに明日の朝に頂上に向かうのだけど、昼の景色も見ておきたい。そんな気持ちもあったけど、ミキ様の権力は絶大なので、大人しく本日の活動終了を決意。テントを張り出す。

ちなみに、のどつまりおじさんズは山小屋に泊まるらしい。お金があるって、いいね。

昨日の重力を最大に感じる斜面ではなく、平らな状態で寝られることに感謝をしつつ就寝。


8月4日
2時半起床。御来光をめがけて頂上へ。登っている途中、何度も流れ星が見えた。寒くてしょうがなかったけど、寒いときのほうが、思い出に残る気がする。この目と肌で感じた景色は、きっと忘れない。

そして白馬岳山頂に到着。暗闇の中で、太陽が昇るのを今か今かと待ち続ける。光が差し込むほどに、山脈たちが色をつけ、姿を現す。あぁ、この世界を見るために、登り続けていたんだ。

長い下山も踏ん張って歩き、なんとか下界へ到着。最後は松本駅で打ち上げをすることに。中華食べ放題で、減り切ったおなかを満たしていく。

五目チャーハンを食べるのに夢中になっていると、帰りの高速バスの時刻が近づいてきた。急いで荷物をまとめ、バス停へ向かう。

みんなの分のバスチケットを買うために、窓口へ。すると、あることに気がついて顔が真っ青になった。ポーチがないのだ。あの中には、チケットを買うためにみんなから預かったお金が入っている。

きっと中華屋に置いてきた。でも戻ればバスは行ってしまう。しかも最終バスだ。いろんな思考が駆け巡り、絶望が心を覆い始める。

すると、息を切らしながら駆け寄ってくる女性が。

「あ!見つけました〜!」

なんと、中華屋の店員さんである。手にはぼくのポーチが。なぜ行く先も伝えていないのに、ここがわかったんだろう。

「お急ぎだったので、電車かバスかと思いまして。一か八かバス停に来てみました!」

フゥフゥと呼吸を整えながら、笑顔を絶やさず店員さんは言う。神様って、本当にいたんだ…。ヘドバン並みに頭を下げ、お礼を伝えながらバス乗場へ駆け込んだ。

いつかまた中華屋に行って、お礼を言わなきゃ。

のどつまりおじさんズ、お弁当をくれたおばちゃん、中華屋の店員さん、出会う人たちに助けられてばかりの山行だった。旅先で出会った人と触れ合う時間はこんなにもあたたかくて、優しい。

そんなことを考えながら、帰りのバスでうとうとと眠りに落ちた。バスは5時間の道のりを、ただひたすらに走っていく。また日常に、戻っていく。

昨日まで見ていた景色が夢みたい

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