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世界の半分のあなたたち-『永遠も半ばを過ぎて』中島らも(1997年)

 (1,920文字)
 現代男性作家を読むことはめったにない。
 それに危惧を感じて中村文則の『掏摸』や吉田修一の『悪人』を買ったこともあった。どちらも最高に好きな小説になったけれど、習慣的に読む対象にはならなかった。
 なぜなら男性作家は私からもっとも離れた存在だからだ。私は自分を弱いと思っており、読書に居場所と共感と自浄作用を求めている。男性作家ではその対象になり得ない。
 それに私は男性に冷たすぎるし、警戒しすぎているし、憎みすぎているのかもしれない。嫌いな人間を視界に入らないようにし、声を聞かないように耳を塞ぎ、相手の情報も注意深く排除する。現代男性作家に興味がないのも、その行為の延長だったのかもしれない。

 でも、それはこの世の半分を見ずに過ごしていることだ、と気づいた。
 『すべてがFになる』(森博嗣/講談社文庫)を読んだときにいちばん感動したこと—この世には、”理系”と呼ばれる人たちがいて、たとえば私とまったく同じものを見ていても、違う思考をするのだ、という世界の広さ、複雑さ、それに伴う希望ーを、私はもっと単純に”性別”で見ていなかった。
 もしかしたら嫌いじゃない男性もいるかもしれない。試してみるべきだと思った。まだ生きる気があるなら。

 この『永遠も半ばを過ぎて』は、「中島らもを全部読んだ」人から教えてもらった。読破しているなんてすごいし、その中から教えてくれるなら間違いないだろう。

 『永遠』は「えいえん」ではなく「とわ」と読むのだと、ルビを振られた表紙を見て知った。良いタイトルだ。
 読んですぐ、登場人物たちが若くないところに新鮮さと安堵をおぼえた。10代・20代の主人公の小説が多いなか、このまま歳を取ったら私は誰に共感すればいいのだろうと思っていた。ここに出てくる彼らが特段冴えているわけでないのも、さらに良かった。

「えっ。ユーレイが小説を書いたの!?」巨大タニシの母貝1個1億円の商談をしくじった三流詐欺師の俺にも、運がめぐってきたようだ。謎の原稿を出版社に持ち込んだところ、文壇の大事件に発展し……。うふふ。ここは腕の見せどころ。輪舞するコメディ。あふれ出る言霊。待ってましたの痛快らもワールド!」

『永遠も半ばを過ぎて』文春文庫 裏 あらすじ

 あらすじを読むに、この小説はコメディなのだろう。でも、それだけじゃない作品だと思う。私が中島らもについて、文学的立ち位置も作風も知らないために、先入観を持たずに、自由に読めた。そんな純粋な読書は久しぶりだった。

 私は女だから、女性の登場人物2人が気に入った。ともに若くはなく、それどころか世間では奇抜と評されるであろう人物だった。メディアにありがちな「若くて」「美しくて」「献身的な」大衆ウケする女性とはまるで違う個性をもった彼女たちに釘付けになった。

 孤独というのは「妄想」だ。孤独という言葉を知ってから人は孤独になったんだ。(略)
 そして、孤独や不幸の看板にすがりつく。私はそんなに簡単なのはご免だ。不定型のまま、混沌として、名をつけられずにいたい。この二十年、男と暮らしたこともあったし、一人でいたこともあったけれど、私は自分を孤独だと思ったことはない。私の心に名前をつけないでほしい。どうしてもというなら、私には一万語くらいの名前が必要だ。

『永遠も半ばを過ぎて』文春文庫 P.181

 私は人生の大半を、孤独を恐れ、自分は欠けたものだと思い生きてきた。だから美咲のことばに憧れ、私もそうでありたいと思った。美咲が強いからこう言えるのではない。彼女は自分で物事を考えられる人間だからこの言葉を言えたのだ、と漠然と思った。

 彼女の卑下ではない冷静な自己評価も好きだった。

私は美人ではない。たぶん平安期なら超美人だったんだろうけれど。首から下もけっこうハニワ型だ。これも縄文期にはモテたに違いない。三平二満ハニワ体型。私は過去の美人の生けるサンプルだ。

『永遠も半ばを過ぎて』文春文庫 P.179

 男性作家である中島らもがこんな面白い異性を書いたことに感心した。この人は、女性を人間として見ている人だ。
 私は今まで男性作家の書く女性に少なからず不満だった。やたら美貌を強調された彼女たちを書く男性作家に。

 なぜ中島らもは彼女の内面を、外面の描写を書いたんだろう?「美人でない」と自己分析する彼女を書くことでもらたす、どんな効果を狙ったんだろう。その理由を知ることができなくても、私は、中島らもを信用できる作家だと思った。そんなあなたを読めたことが、私に世界の半分を垣間見る機会を与えてくれた。
 詐欺師の相川も写植屋の波多野も宇井美咲もキキもやくざでさえも、愛すべき生きている人間だった。


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