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第10話 魅惑の紐パン !!! ― 前篇 ―


抜け落ちた違うバンド名の刻まれたリストバンド、汗を吸って重くなったタオル、空《から》になって踏まれてひしゃげたペットボトル、折れたフライヤー、チケットの半券。
たまに片っぽだけの靴とか、破壊された眼鏡。
ライトは消え、スモーク代わりの砂埃、それから余韻を含んだ少しの熱気。
急いで撤収を促す怒声に、粒子がだんだんと分解されてく。
ライブが終わった後、いつも俺は思う。
あぁ、夏の終わりに似てるって。

搬出口から楽器や機材を積み込むのを手伝い、手の空いた者から大きなゴミを拾いホウキで床を掃き、モップをかける。
今までの熱気が嘘のように冷えハコが温度を失ってゆく―――。

「な↑、なぁ↑、これ↓、なんやぁ↑↑↑」
ベーシストあるまじき外れた音程を発し、ホウキの柄で床に落ちていた布切れを直樹がつつく。
「わ、わぁ!!!」
「こ、これパンツちゃうんか?」
「え、なに、なに、どれどれ」
手の止め、他のメンバーも覗き込む。
「俺らのライブに感動しすぎて震えて、落ちたとか?」
「でええええぇぇぇええええ、マジで」
「脱糞するメンバーはいるけど、これは初体験」
「おおおお、すげー! 横ほんまに紐なんや!」
「……紐パンの生パン、初めて見た」
生唾を飲み込む音が聞こえそうなくらいに顔を近づけて直樹が言った。
おそるおそる紐を持って摘みあげる。
「うっわー」
淡いピンク色の小さな布切れにヒラヒラと小洒落たレースがチラリズム。
「ク、クロッチ……(ゴクリ)」
どうやらハコ全体の温度は再び1℃くらいは上昇したようだった。
なのに、ツンドラ気候よろしく冷たい目をして、ヒョイと紐を摘むと白いコンビニの袋に入れてしまった。
小鳥遊のその色の無い目に多くを察した他のメンバーが散り散りに元の作業へと戻ってく。

「てか、早く片して帰ろうよ、時間せいてる」
「えー、これどーするねん」
ビニール袋に隠されてもなお、その存在は手の中で輝いて見える。
「どっちみち、スタッフさんに預けたかて名乗りをあげて取りに来る奴おらんやろ」
「そや」
「面白い事考えた! Twitterで拡散しようぜ」
小鳥遊は呆れた目で俺を見てから、袋の口を縛りビニール袋を手渡した。
「悪趣味・・・くれぐれもhshsするなよ」
「そうと決まれば、直樹んちで集まろうぜ」
「いや、ちょっと僕は遠慮する」
小鳥遊は踵を返した。
「僕もラジオSMのラジオ★ミッドナイト録ってるの聴きたいから、はよう帰りたいねん」
まぁぶるは、近頃何かの拍子につけ “リンコさん” を連呼している。
どうやらラジオのパーソナリティに首ったけらしい。
「なんやノリ悪いやんけー」
「にして、洗濯しとかなあかんやろ」
俺は直樹に目で問うた。無言の圧力。
一人暮らしんちのお前の家、行ってええか?と。
お互いがお互いを牽制して、監視しようとする企みだ。目は口ほどに物を言う。
江戸時代かっつーの。


へへへへへ、へへへ

洗濯機のぐるぐる水流の中で紐パンはひらひらと俺たち二人を誘惑しながら、妙なハイテンションを与えたもうた。

イッツアスモールワールド~
(小さな三角布の世界~)
イッツアシュールワールド~
(深夜パンツを見つめる世界~)

出た、これぞ深夜テンション。
直樹と俺はニマニマと笑っていた。
シュールすぎる夜が更けゆく。

なんなん、これ。
ほんま、なんなんなん~~~

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