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第5話 いつだってピース


キャパ120のハコ、京都木屋町DEWAY。
轟《トドロキ》、アイツがいた。

「BRRRRRRRRRRRR……」
「BOOOOOOOOOM!! 」
「BOOOOOOOOOM!!! 」
「車みっつで、トドロキでぇーす!!!」

MC中の自己紹介が強烈すぎ。
頭の悪い俺が今でも、鮮明に覚えている。
犬死に結成前、小鳥遊《たかなし》とライブに行った時に初めて客としてアイツを見た。
ギュインギュインいわすアイツのギターの唸り音と甘ったるい声のギャップに身悶えした。
もちろん、今回もちろん俺らは前座《オープニングアクト》で格下。
轟《トドロキ》が所属するバンド『カタストロフィとアポストロフィ』略してカタアポ、今ノリにノッてる注目株で今回の対バンのメインゲストだ。
ゲネプロは本番と逆順から行うから、一番先に箱入《い》り、カタアポを今か今かと待っていた。2番手の『蛞蝓《なめくじ》』のメンバーも苛立ってる様子だった。
イライラがピークに達した頃、轟《トドロキ》がヘラヘラしながらやって来た。
「おざーす」
俺の時計で、1時間28分43秒の遅刻。

「なんだアイツ、遅れてきてヘラヘラしやがって」
「しっ! 健ちゃん声デカいよ」
小鳥遊が口の前に人差し指でお決まりのポーズを取り、諌めた。
「調子こいて天狗になってんじゃねぇか、気に食わねぇ」
わざと聞こえるように言ってやった。
何もかもが癪に障る。
「さーせん」
ヘラヘラしながら轟《トドロキ》はこっちに向けてピースサインをした。

巻きでゲネを終わらせる。
本番では、まぁぶるが勢い余ってシンバルスタンドを倒して転し直樹の頭に直撃させてしまった以外は滞りなく進行した。
俺らは演奏を終えて舞台袖からカタアポを聴いていた。
轟《トドロキ》のピースサインを合図にハコ全体がひとつの意思と温度を保ち、気づけば俺らは一つの塊、一体となった。
音楽の前ではみなが平等だ。
轟《トドロキ》の巧みなギターソロが脳天を直撃し、そして身体の中心を一直線に貫き、五臓六腑に溜まりに溜まってく。
繰り出される俺たちの拳。
血が沸き立つ摂氏100 ℃――。
熱気こもった観客に向け、轟《トドロキ》が高らかにピースサインを放つ―――。

「みんな、来てくれてあんがとー!!! 好っきやでー!!!」

たぶん、嫉妬も入ってたと思う。
「くっそカッコええやん」
俺はそれだけを絞り出す様に発した。


「ピースな、俺は一生続けるつもりでいんの。オッサンになってもジジイになっても、結婚式でも、まぁするかわからんけども。有名になっても、ならんでも。それから笑っても泣いても、ラブ&ピースな」
「お棺の中でもピースしときたいわ」
焼酎ハイボールを片手にケラケラと轟《トドロキ》が笑った。


横で小鳥遊は直樹が暴れないかヒヤヒヤしながらも、饒舌に語る轟《トドロキ》の話に耳を傾けていた。
立ち上るタバコの煙の中、俺も酔っ払ってる頭の半分くらいで聞いていた。
直樹はひたすらにヘベレケだった。
まぁぶるはトイレかどっかに行っていなかった。
打ち上げ最後に、蛞蝓《なめくじ》のメンバーの誰かが記念に写真を撮ろうと言い出して、道の往来ど真ん中で一枚撮って、心地よい疲労に襲われながらメンバーと別れた。


+++


「ほい、蛞蝓《なめくじ》さんから預かってた写真渡しとくわ」
小鳥遊が練習の合間の休憩のとき、居酒屋の前の道路で撮ったあの一枚を手渡してきた。
「あの日」
「轟《トドロキ》くんのお父さん、死にはったんやて」

「……マジか」

写真の中、轟《トドロキ》のピースサインが輝いてた。
心の中でもう一度「轟《トドロキ》さん、カッコええやんけ」って俺は言った。


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